※本稿は、アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳『運動脳』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
身体を動かすと集中力が高まる理由
身体を動かすと集中力が高まる。その答えは、過去を振り返れば見つかる。それは私たちの祖先がサバンナで暮らしていたことに関係している。
私たちは気分をリフレッシュさせるため、健康のため、また体重の増加を抑えるために走る。だが祖先には、そんなことはどうでもよかった。彼らが走ったのは食料を手に入れるため、そして危険を避けるためだ。いずれにせよ、注意を怠ることは命取りだ。
背後にライオンが忍び寄ってきたとき、またレイヨウを仕留めようと構えているときに、ミスは絶対に許されない。そういった環境で生存するためには、精神を集中することが武器となる。
生存の可能性は、脳が集中力を高めることによって増える。私たちの脳は、祖先がサバンナで暮らしていた時代からさほど進化していないため、現代でも、とくに運動しているときに同じメカニズムが働く。
身体に負荷を与えると、脳はそれが生死を分けるほど重要な行動だと解釈するのである。そして結果的に集中力が高められるのだ。
「あきらめるとき」と「粘るとき」
私たちは、注意力が極端に欠如していることやADHDの症状を好ましくない特性と考えがちだ。確かに、こういった特性は医師の診断が下る前に問題視されることが多いので、それも無理からぬ話だ。
しかし、衝動や多動という特性は、強みにもなる。
結果が出るのをじっと待っているのが苦手な人たちが多くのことを成し遂げられるのは、じっくり腰を据えて結果を待つ忍耐力を持たないためでもある。成功したビジネスリーダーや起業家の多くに、ADHDの特性が見られるのは決して偶然ではない。
ケニア北部の砂漠で生活しているアリアール族は、ADHDが決して好ましくない特性ではないことを教えてくれる好例だ。この部族は今でも、何千年も前と同じように水や食料を求めて家畜とともに移動する生活を続けている。
しかし数十年前に、この部族は2つの集団に分かれた。一つは1カ所に定住して農業を営むようになり、もう一つはそれまで同様、遊牧民として狩猟採集生活を続けた。
科学者たちは、このアリアール族から血液を採取し、遺伝子を分析した。何より興味を引いたのは、脳における「ドーパミンの働きに不可欠な遺伝子の存在」だった。