火山灰の影響で多数の死者がでる可能性も

意外なことに、信頼できる文献で宝永噴火の降灰が直接の原因で人が死んだという記述は今のところ見つかっていない。見つかっていないだけで、何人かは死んだのかもしれないが、少なくとも何千人とか何万人もの死者が出た可能性は低いだろう。しかし、現代日本で宝永噴火並みの降灰が起きたら相当な死者が出るかもしれない。

降灰があって、電車や車が動けなくなっても歩くことはできる。火山灰は風下方向にはかなり遠くまで降り積もるが、風と直交方向では急速に厚さを減じるため、適切な方向に歩けば、いずれは被害の少ない地域に行き着くことができる。だから、体力があれば命だけはなんとかなるだろう。

ところが、今の世の中には高齢者や病気を患っている人、障害を持っている人など、多数の人が道路や水道などの社会基盤に支えられて生きている。こういう人々が2週間近く、食糧が得られない、水道が不通、車での移動もできないという状況に置かれると、相当危険である。

例えば、人工透析患者は、週3回程度の透析治療を受けるが、1回の透析で大体200リットルくらいの水を必要とする。必要なのは水だけではない。透析施設までは何らかの交通手段を必要とする患者は多いだろうし、透析施設では水のほか電気が必要だ。それに治療をする医師や看護師、透析機器をメンテナンスする技術者、清掃をしてくれる人などが出勤できている必要がある。

人工透析を受ける患者
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この一例だけでも社会基盤あっての病気治療や介護だということは納得がいくと思う。被災者の数が少なかったり、被災地の面積が限られていれば、こういう問題はなんとかなるだろうが、宝永噴火の降灰分布を見たら被災人口や被災地の面積の大きさに圧倒されそうになる。

「災害であれば避難すればいい」という発想は間違い

大規模かつ広範囲に火山灰が降ってくるのは、確かに災害だ。それも大災害だ。だったら避難しよう、というのが普通の考え方だが、これがとっても難しい。まだ公式な試算が出ていないが、宝永噴火並みの降灰が起きたら、数百万人単位の人が影響を受けることは確実だ。このようなたくさんの人をみんな避難させるわけにはいかないだろう。

数百万人の人をどうやって輸送するのか、そしてどこに輸送すれば良いのだろうか。もちろん、何百万人いようと、生命の危険が切迫していたら避難せざるを得ない。しかし、江戸時代でも死者が非常に少なかったことからもわかるとおり、降灰そのもので死に至る可能性は少ないのだ。

それでは、病気の人や介護の必要がある人は避難させるべきか。これも難しい問題だ。もちろん降灰が深刻で社会基盤が止まったら、避難するしかないが、世の中には移動させることが難しい人がたくさんいる。全身状況が悪くて、移動で命を縮める可能性のある人や、住み慣れた家から離れることでストレスを感じ、それが病気に繫がる人もいる。こういう人たちは、避難をさせるのも危険があるし、避難をさせないのも危険がある。どちらの方がより安全かという判断はとても難しい。