繰り返しになりますが、「自分はどういう人間で、何に喜怒哀楽を感じ、どんな強みと弱みを持ち、何を大切にして生きていきたいと思っているのか」を常日頃から考えている人なんて……いると思いますか?

そういったことを「考えている人」はいるかもしれませんが「正確に言語化できている人」は、ほとんどいないのではないでしょうか。

人は、「願望」や「こうあるべき」という名の小さな嘘を自分にも周囲にもつき続けて生きています。今どきの言い方をするのであれば自分らしさを「盛っている」と言えるのかもしれません。

等身大の自分を把握しておくこと

たとえば先ほど例にあげた、悩みをこじらせてしまったAさんが「私ってこういう人間なんです」と話してきたとします。もちろん、Aさん自身はその「自分評」が正しいと思っています。

ところがAさんを取り巻く環境には、上司や同僚や部下、友人知人、ネットやテレビで話題になっている成功者や著名人など様々な人がいて、Aさんは無意識のうちにそういった周囲の影響をたくさん受けています。

すると、Aさんの本当の等身大は「Aさん」なのに、誰かの影響を受けてAさんが思い描く自分らしい姿は「A'さん」となります。さらに、それを人に伝える時はもっと理想的な「Cさん」になることも往々にしてあります。

中には「憧れのDさんこそ自分らしい生き方の見本」「成功者のEさんのようになれれば、私も自分らしく生きられるのに……」と思い込んでしまっているかもしれません。

つまり人は、「自分らしさ」をいくらでも盛ってしまうことができるのです。

皆さんも「自分が本当にやりたいことは何だろう……?」と考えているうちに、いつの間にか自分を盛ってしまい、自分の等身大の姿がわからなくなってしまった経験はありませんか。

もちろん理想や願望を込めた「自分」をつくることを、否定するつもりはまったくありません。情報社会に生きていれば、外部からの影響を受けない人のほうが少ないでしょうし、理想の自分を追い求めて努力すること自体は尊いことだと思います。

階段を登る男性のシルエット
写真=iStock.com/liebre
※写真はイメージです

問題は、「等身大の自分と正直に向き合う機会」が、日常生活の中にほとんど存在しないことです。それでは「自分は何者なのか」を正確に把握することはできません。当然ですが、今自分を苦しめている「悩みの根本原因」を突き止めることも叶いません。

悩んだ時は、むしろチャンスである

では、悩みの根本原因を突き止めるために、私たちはどうすればいいのでしょうか?

安易に解決策を求めるのはダメ。自分と向き合おうにも、その向き合おうとした自分は盛られた自分であって、等身大の自分ではない……。もう、八方塞がりなのでしょうか。

大丈夫です。

「答えは、悩みの中にある」というのが私の考えです。