ここ数年、日本の大企業の余剰資金が増え続けている。銀行の役割の変化やデフレとの関連も含めてその背景を検証するとともに、余資に頼らない経営について提言する。
米国企業が資金を溜め込まない理由とは
目立たないが、真剣に考えるべき深刻な現象が日本企業の内部で深く静かに進行している。日本の大企業が余剰資金を積み増し、企業部門が資金余剰になってしまっているという現象である。京都大学の川北英隆教授は日本の大企業が積み増している余剰資金(余資)の量を推計しておられる。その結果は図の通りである。この数字は、金融機関を除く大企業(資本金10億円以上)の余資を、会社の経常利益×0.6+減価償却-設備投資という算定式で推計し集計したものである。この図を見れば、バブル崩壊後、増減の波動は見られるものの、余資は増加傾向にあることを読み取ることができる。なぜこのようなことが起こるのかを考えることによって、日本企業の経営上の課題を明らかにできる。
日本企業は企業の中に資金を溜め込む傾向があることが、以前から繰り返し指摘されていた。かつての優良企業は潤沢な余資を持っていた。トヨタ・バンクや松下銀行のように、潤沢な余資を持っている企業こそが優良企業だという見方すらあった。
日本企業が潤沢な余資を持ちたがるのは、企業目的とかかわっている。日本の企業は存続を重視する。宅配便の創造者であるクロネコヤマト(ヤマト運輸)の小倉昌男氏は、永続こそが企業の目的であり、利益はそのための手段にすぎないと書いておられた(小倉昌男『経営学』、日経BP社)。日本の大企業が存続を重視するのは、ステークホルダーとの書かれざる約束を大切にしているからである。日本の企業は、従業員との間に長期雇用の約束をし、取引先との間に長期購買・供給の約束をしている。ともに文書に書かれた契約ではないが、相互の期待であり暗黙の了解である。公的な文書には書き表されていないから書かれざる約束なのである。
これらの約束は長期的な経営の安定性を要求するものである。長期的な経営の安定性を考えれば、苦境に備えて一定の余裕資金を持っておく必要がある。潤沢な余資を持っておくことは、多様なステークホルダーとの書かれざる約束を遵守する意思があるという経営者の意思を伝える手段でもある。
アメリカでは、企業は潤沢な余資を持つべきではなく、資金余剰は速やかに株主に返すべきだという見方が根強い。
ハーバード・ビジネス・スクールのファイナンス担当のマイケル・ジェンセン教授は、余資は持つべきでないと考える学者の代表だ。潤沢な資金を持てば経営者は無駄な投資をしたくなり、そのような投資が行われれば資金効率が低下しがちだと考えている。この意見を支持する投資家が少なくない。そのためアメリカの企業は余資をあまり持たない。
日本から見ると、アメリカ企業の余資が少なすぎるように思える。数年前のGMのように直前まで大きな利益を挙げていた企業が短期間で倒産してしまうのは余資が乏しいからである。余資は株主に返還すべきだという主張は株主のモラルハザードをもたらしがちだ。