武士の威厳、男の体面とロマンをことごとく奪う
そして「鎌倉殿の13人」(以下、鎌倉殿)でも、主人公・北条義時(小栗旬)は戦に向かない人物だ。源頼朝(大泉洋)に重用されるも、家族や他の武士たちから面倒事を押し付けられては奔走する役だ。毎回苦虫を噛み潰したような表情であくせく立ち回る小栗。
初恋の相手で頼朝の先妻・八重(新垣結衣)にもことごとく塩対応されるのもおかしい。花を摘んで持っていけば「野に咲く花が好き。摘んだら死んだ花じゃ」と言われるし、草餅を差し入れても、義時の従兄弟で親友の三浦義村(山本耕史)に横流しされる(この後、草餅を食べた山本は肝心なときに腹を壊す。山本はお腹の弱い人物として固定)。
この手の些末なエピソードがたくさんあって、とにかく男の威厳や沽券を奪う傾向が強い。だからこそ面白いし、その人物の魅力を存分に引き出しているのだ。
権力主義のくだらなさを滑稽に描く
大河で描くのは、基本は覇権争いと家督争いなわけだが、三谷大河では権力志向の強い人間や権力争いを描くときに、必ず滑稽さやみっともなさを前面に出す。
『新選組!』では、新選組内の肩書を巡る滑稽な場面があった。
組長を壬生派の近藤勇と水戸派の芹沢鴨のふたりにするべき→いや、水戸派の新見も含めて3人に→では、局長という肩書に→局長の下には副長が3人、いやいや小頭が…と、結局全員に肩書をつけるという派閥争いのやりとりが長々続くという。
それをいちいち書きとめさせられるのが山南敬助(堺雅人)。「肩書なんてどうでもええわ!」と視聴者に思わせる妙。どうでもいいマウント合戦、大いなる小競り合いなのだ。
そして「鎌倉殿」の第1回のタイトルがまさに「大いなる小競り合い」だった。平家が牛耳る世において、流人の源頼朝(大泉洋)をうっかり匿っちゃった北条家。地元の豪族で親戚筋にもあたる伊東家は平家贔屓、親族内でもモメにモメて、親族同士がまさかの刃傷沙汰というスタートだった。
のんびりぼんやりしていた北条家が「平家、源氏、どっちにつく?」と覇権争いに巻き込まれていく。
頭脳戦はこってり、野蛮な残酷さはきっちり
名軍師や名武将を勇猛果敢とはいいがたい描き方でお届けする三谷大河だが、思わずうなる頭脳戦も緻密に描く。
つばぜり合いの金属音や大砲の轟音を聴かせずとも、大量の馬と人で形成する大軍を見せずとも、戦は描けるのだと教えてくれる。デマの流布などの情報戦や心理戦、宴会芸で主君をたてる接待戦略、偽装工作に経歴詐称など、ありとあらゆる戦略を描く。
史実に基づきながらも、現代社会にも通ずるテーマやスキームが展開される。そこも、ある種の三谷節といってもいい。
また、その時代ならではの野蛮かつ残忍きわまる所業も、きっちり入れ込む。根絶やし・皆殺し、耳と鼻を削ぎ磔に、首を河原に晒すなどの文言も、不意に登場人物に語らせる。
あるいは映像でおのずとわかる場面を入れる。全体的にコメディー調の会話劇だからこそ、不意打ちの残虐さは余計に浮き上がる。
「鎌倉殿」では、伊東祐親(浅野和之)の密命で頼朝の子・千鶴丸を殺した善児(梶原善)のシーンが話題に。河原で佇み、手には幼児の衣類。それだけで視聴者の肌を粟立たせた。