「おれの何が悪かったんだろうな……」
「おれの何が悪かったんだろうな……」
普段は愚痴ひとつ溢さなかった夫の一言に、真充さんは胸を締め付けられた。
食欲がある時は、食べたいものを食べさせてあげたい。チーズフォンデュ、チキンライス……、真充さんはできるかぎり、本人が望む食事を用意した。
しかしガンはなおも東関から生命力を奪っていく。秋以降はさらに食欲が落ち、ベッドで寝て過ごす時間が増えていた。薬を飲むのもやっとで、真充さんはヨーグルト、アイスクリームなどを食べさせようとしたが、それも喉を通らない。
「食べるのがこんなにもしんどいなんてな……」
一方で、体力が低下したため、抗ガン剤治療は中止に。“せん妄”の症状が出始めたのもこの時期だ。夜中に目が覚め、意味不明なことを口にする。飲みに行って大好きなカラオケを楽しんだ思い出を、唐突に話し出すこともあった。
ガンが発覚して1年が経過した同年10月。弟子たちが九州場所に向かうと、東関はしきりにこう呟いた。
「あいつらがいないと寂しいよ。会いたいなあ」
自宅のクリスマスツリーが色鮮やかな電飾を煌めかせていた12月上旬。再入院した東関の容態は、急激に悪化していく。
「自分が分からない。どうしたらいいのかな」
せん妄が続くのか、夜眠れず、真充さんに電話やメールで不安を訴える。
「大丈夫だよ、眠れるよ」
やがて東関は意識が混濁し始め、眠ったまま声かけにも反応しなくなる。結果として、東関が最後に口にしたのは、真充さんが作った肉ジャガを2口ほど。医師は「年内も厳しい」との見通しを示していた。
「ではもう自宅に連れて帰ります。もう十分頑張りましたよね?」
真充さんが涙ながらに伝えると、医師はこう答えた。
「本当によく頑張られました。男の生き様を見せてくださいました」
帰宅前夜、病院に泊まり込んでいた真充さんは東関に話しかけた。
「みんな部屋に帰ってきてるから、明日戻ろうね」
「うん」
偶然、意識がハッキリとした瞬間だったのか、東関が返事をしてくれた。
「もうすぐクリスマスだから、何かプレゼントを買ってくれる?」
「ダメだよ」
冗談っぽくおねだりをしてみた真充さんに、東関はそう答えると、また深い眠りに落ちていった。
12月12日。病院から戻って来る師匠を、愛弟子たちが皆で迎え入れる。
「お疲れ様です!」
一斉に声を上げると、搬送中は呼びかけにも無反応だった東関が目を開き、ウンウンと頷いた。若い衆が総出で東関を2階のベッドに運び込む。この日、自宅には多くの関係者が訪れた。闘病が始まって以来、ずっと親身になってくれた八角理事長も駆けつける。
「おい東関、がんばるんだぞ!」
東関は「はい」と受け答えをした。結果的に、これが最後の肉声となる。真充さんが二人だけの空間で夫に想いを伝えた冒頭の場面は、その夜のことだった(前編参照)。