「若者にとって年収400万円は高給取り」

この社会では「きっといつか、自分も(あの人たちのように)いい暮らしができるようになる」という物語にリアリティを感じることができない人がどんどん増えている。

今年、賃金が上がると思うかNHKの世論調査で聞いたところ「上がる」と答えた人が21%、「上がらない」と答えた人が72%でした。
NHK「ことし賃金は『上がる』21% 『上がらない』72% NHK世論調査」(2022年1月12日)より引用

自分の人生も暮らし向きも上向かず、いつまでも現状がくすぶったまま維持され、低空飛行を続けていくことなる――という閉塞的な未来のビジョンの方が、現代社会ではよほど想像することがたやすい。とくにそれは若者層に顕著になっている。先日にもツイッターでは「若者にとって年収400万円は高給取りとみなされている」とするツイートが大きな波紋を呼んだ。

今日の若者たちにとってみれば「年収400万円は高給取り」というのはまったく冗談ではない。国税庁「民間給与実態統計調査」によれば、20~24歳の男性の平均給与は277万円、25~29歳でも393万円だ。年収400万円が現実的な数字となってくるのは30代からになる。

※編集部註:初出時は厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の結果を記していましたが、国税庁「民間給与実態統計調査」に差し替えます。(1月20日17時58分追記)

卵105円の広告と小銭
写真=iStock.com/Yusuke Ide
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「今日よりも明日がいい日になる」
「来年は今年よりも給料が大幅に上がっている」
「ボーナスをあてにして大きな買い物ができる」

ひと昔前の時代であれば、とくに違和感なく受け入れられてきたこうした一般的な感覚が、現代社会の働き盛りの人びとにとってはそうではない。本当にそのような時代が実在していたのか疑わしい、さながら異世界や別の世界線にある日本社会を語っているかのような感覚に陥ってしまう。

磯野家も野原家も「圧倒的な勝ち組」に見える

漫画『サザエさん』の磯野家やフグ田家、あるいは『クレヨンしんちゃん』の野原家は当初、ごく平凡な中流家庭つまり「庶民階級」の姿を想定して描写されたし、そのような庶民の描かれ方に人びとは疑問をもたなかった。しかし、いまの20代や30代からすれば、かれらを「ごく平凡な庶民の姿」とみなす人はそれほど多くはないだろう。むしろ圧倒的な勝ち組・富裕層の家庭としてみなすようになっている。

都心もしくは首都圏に一戸建てのマイホームやマイカーを所持し、子どもを複数人育てる――これらは『サザエさん』や『クレヨンしんちゃん』がはじまった時代には「ふつうの一般家庭の姿」として受け入れられていた。だが、もはやその「ふつう」は、はるか遠い高みへと消え去ってしまった。私たちはどんどん貧しくなっていく国に生きている。

『サザエさん』や『クレヨンしんちゃん』で描かれたサラリーマンの暮らし向きは、もはや現代人にとっては「在りし日の懐かしい風景」ではなく、ある種の「(心情的に受け入れがたい描写としての)ファンタジー」なのである。