日本海の冬の味覚を代表するズワイガニの交尾は、ほかのエビカニとはひと味違う。水産学者の矢野勲さんは「群れの中で、雌と交尾できるのは、より大きなハサミ、そしてより硬い甲皮を持つ雄だけ。そして交尾には40分ほどかかる」という――。

※本稿は、矢野勲『エビはすごい カニもすごい』(中公新書)の一部を再編集したものです。

ズワイガニ
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さまざまな呼び名のあるズワイガニ

ズワイガニは、日本海の冬の味覚を代表するカニである。日本海、福島県より北の太平洋、オホーツク海、中部ベーリング海、カナダ北大西洋と広い海域に棲息している。

脚が細くまっすぐなことから、木の枝を意味するすわえに由来した楚蟹すわえがにが変化したズワイガニは、雄と雌で呼び名が変わる。小さな雌ガニは、福井県では勢いよく子どもを産む「勢子」に由来するセコガニ、石川県ではお茶の道具でお香を入れる「香箱」に似ているとして香箱ガニ、京都府の丹後地方では方言でコッペガニと呼ぶ。

大きな雄は、福井県では越前ガニ、石川県では加能ガニ、兵庫県の日本海側や鳥取県などの山陰では松葉ガニ、京都府では間人ガニとも呼ぶ。越前ガニの名称は、ズワイガニの大きな漁場を持つ福井県がかつて越前国と呼ばれていたことに由来する。

松葉ガニの呼び名の由来については、漁師が調理のさいの燃料に松の葉を使ったからなど、いくつかの説明がなされているがはっきりしない。間人たいざガニの名称は、京都府ではズワイガニが丹後半島の間人漁港から水揚げされることに由来している。

ズワイガニの雄ガニは、大きいもので甲羅の横幅が15cmほどにもなるのに対し、雌ガニは7〜8cmと小さい。雌ガニが小さいのは、棲息する水深200〜600mの海底が、水温が1〜3℃と低いため、腹節に抱卵した卵が孵化するのに1年〜1年6カ月と長くかかり、その間まったく脱皮できず、成長できないためである。

ズワイガニは、普段はこのような低温の深海に棲むが、10℃ほどの水温にも適応できる。また、1992年にカナダのモーリス・ラモンターニュ研究所のバーナード・サントマリーたちは、カナダのセント・ローレンス湾の水深4〜20mの浅所でズワイガニが春に脱皮と交尾を行っていることを報告している。ズワイガニは、死んで海底に沈んだ魚やイカ、それに生きた甲殻類、貝類、ゴカイやクモヒトデなどを食べている。