※本稿は、岡信太郎『財産消滅 老後の過酷な現実と財産を守る10の対策』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
母の所有する不動産のことが気がかりで…
宇都宮さん(52歳、男性)は急いである不動産会社に問い合わせを入れました。
「少し前から母が入院し認知症もだいぶ進んでいます。前回、御社のセミナーで民事信託がいいとお聞きしました。ぜひ、進めたいのですが……」
宇都宮さんは、先週末、問い合わせを入れた不動産会社主催のセミナーに参加していました。そこでは、【不動産の生前対策】と題して、家族で取り組むことができる対策についての講義が行われました。その時、民事信託いわゆる家族信託を使えば、子どもが親の不動産を売却できると知ったのです。
宇都宮さんは、不動産を所有する母親の認知症が進んでいるため、不動産のことが気になっていました。そこで、このままではいけないと、思い切って問い合わせを入れたのでした。
不動産会社の担当者は、「民事信託をご検討されているのですね。それでしたら、弊社提携の司法書士と一緒にお話をお伺い致します。ご予定はいつがよろしいですか?」と専門家を紹介してくれることとなりました。
宇都宮さんはすぐに予約を入れました。そして、後日担当者と一緒に司法書士の事務所に行くことになりました。
“これで大丈夫だろう。他の兄弟たちにいい報告ができる”と胸をなで下ろしました。
「ところで、お母様は信託について同意されていますか?」
実は、その2カ月前、宇都宮さんは兄弟たちと家族会議を行っていました。
8年前に亡くなった父親は大工でした。小さな工務店を経営し、腕一本で家族を養いました。母親は子育てをしながら時間を見つけては工務店に出て、父親の手伝いをしていました。
ただ、当時は自営業だと年金の加入が任意だったこともあり、両親は年金を掛けていませんでした。そんな事情もあって、現在の母親に年金収入はありません。財産としては、父親が遺してくれた自宅と貸家があります。父親が亡くなった際に、不動産の名義は母親に変えています。
家族会議では、母親が退院したら、自宅に戻るのではなく施設に入所させることで話がまとまりました。母親が自宅で暮らすことは難しく、介護や見守りが必要となっています。
しかし、施設に入れるとなると月々の家賃収入だけでは支払いが難しい状況です。自宅を売却し、そのための資金を捻出しようという意見で一致したのです。
とはいえ、自分たちの思い通りにすぐに売却できるわけではありません。
そこで、入院中の母に代わって、必要なときに自分たちで自宅を売却できるように民事信託を利用しようという結論に至ったのでした。
家族会議を含めこれまでの経緯を司法書士に伝えました。すると、司法書士からある質問が投げかけられました。
「ところで、お母様は信託について同意されていますか?」
宇都宮さんは、心の中で“えっ! どういうこと?”と思いました。最初は、質問の意図がまったく理解できませんでした。“兄弟全員が納得していて、兄弟間で争いがないので問題ないのでは?”と考えていました。
ところが、話はそう簡単ではないようです。