認知症になった後の契約では手遅れ

「家族信託は、財産を預ける委託者であるお母様とそれを預かる受託者である宇都宮さんとの契約になります。つまり、お母様が契約の内容を理解しないとそもそも契約が成立しないのです」

宇都宮さんは初めてそのことを聞いて、頭が真っ白になりました。“認知症になった人のための制度だと思っていたが、母親が認知症だと信託は使えないのか……”

そんなこととはつゆ知らず病院とはすでに、施設に入所する方向で話を進めています。また、今すぐ契約するのであれば退院後に入れる施設を見つけたところでした。入所手続きと並行して、不動産の売却を進めればよいだろうと考えていました。建物は老朽化していますが、立地がいいので売却は可能なはずです。

ところが、肝心の不動産を売却するすべが断たれてしまったのです。そのことを、兄弟に伝えると兄弟も唖然としています。それどころか、宇都宮さんは他の兄弟から、「何とかしてよ!」と言われてしまう始末。母親のことは任せっ切りで、自分たちはいつも口を出すだけ……。“それはこっちのセリフだ!”と言い返したくなりました。

成年後見制度や遺言ではできない「生前の財産の運用や処分」ができる

成年後見制度は、様々な弊害が指摘されています。また、遺言は、相続で使用するものであり生前に活用することはできません。

そんな中、今注目されているのが民事信託です。家族で資産対策を取るので、家族信託と呼ばれることが多いです。信託銀行のように営利を目的としている「商事信託」とは区別しなければなりません。

家族信託のすごいところは、生前に財産の運用や処分まで家族ができることです。後見は保全がメインであり、かつ、第三者の管理下におかれることが多いです。これに対し、家族信託はとても柔軟に財産管理の設計ができるようになっています。

ビジネスの署名
写真=iStock.com/Pitchaya Pingpithayakul
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家族信託の理解にあたっては、登場人物を押さえておく必要があります。「委託者」「受託者」「受益者」という3人の人物が登場しますので、常に3者間の関係を頭に入れておきましょう。

まず、「委託者」とは財産を預ける人のことを指します。次に、「受託者」とは財産を託される人のことを指します。最後に、「受益者」は、対象となった財産から経済的利益を受ける人を指します。この3者間で、財産管理のスキームを組んでいきます。