2020年の「岩手県妊婦殺害・死体遺棄事件」では、夫が妊娠中の妻を絞殺し、死体を山中に遺棄した。事件の背景にはなにがあったのか。長年にわたり加害者家族を支援し、『家族間殺人』(幻冬舎新書)を書いた阿部恭子さんは「『クルマと家庭があってこそ一人前』という地方の常識が、夫を追い詰めていったのではないか」という――。(第3回/全3回)
悲しい男
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失踪したと見せかけて妊娠中の妻を殺した30代の男性

第2回から続く)

――『家族間殺人』では、妻からのDVやモラハラに悩む男性が利用しやすい窓口の必要性を訴えていますね。

「岩手県妊婦殺害・死体遺棄事件」の加害者家族のサポートを経験して、そう感じました。

2020年10月、妊娠していた妻の死体遺棄で、30代の男性が逮捕されました。男性の兄から相談を受けた私は、逮捕の翌日、岩手県奥州市に向かいました。男性の無実を信じていたのは、家族だけではありません。男性が勤務した会社の社長も「自白を強要されたに違いない」と訴えていました。そうした話を聞いた私も、もしかしたら冤罪の可能性もあるのでは、と思っていました。

事件の発端は2019年5月末。男性と夫婦げんかをした妻が、幼い子どもを置いて家を出てしまった、という通報でした。ラインを送っても既読にならない。帰宅せず、会社にも出勤しない。家出から5日後に夫が捜索願を出しました。

男性と家族は、自ら捜すだけでなく、探偵事務所に依頼するなどして手を尽くしました。人里離れた山中で、妻とみられる白骨死体が発見されたのが、捜索開始から1年が経とうとする翌年5月。警察署で妻の遺体と対面した男性は「骨でも戻ってきてよかった……」と涙を流したそうです。

男性が妻を殺害したとは、誰も思っていませんでした。しかし10月から男性に対する警察の任意聴取が本格的にはじまり、殺害を認めて逮捕されました。その後、私も面会したのですが、評判どおりの誠実そうな人物でした。彼は「家族に事件の責任はない。親のせいではない」と涙ながらに語りました。