収入が増えて幸福度がすぐに上がるのは超低収入の人だけ
経済的に成功すれば幸福になれると思い込む人も多いが、それは間違いだ。皆がそういう考えを持つのは、企業や広告代理店にとってはありがたいことかもしれない。自分たちの商品を買えば幸せになれると言って、納得してもらえる可能性が高くなるからだ。
これまでの研究でわかったのは、収入が増えることによって幸福度が即、上がるのは、もともとの収入が極めて低い人たちだけだということである。家賃も払えず、食べ物も買えず、最低限の生活すら成り立たない、という人たちの幸福度は、そうでない人たちに比べて確かに著しく低い。そういう人たちは、少しの収入を得るだけで幸福度が大きく向上するだろう。
だが、生活にいちおう不安がない人の場合は、収入が増えてもその分だけ幸福度が上がるわけではない。収入がある水準を上回ると、それ以上の収入増加は幸福度をほとんど、あるいはまったく向上させないことがいくつかの調査で明らかになっている。また、最近の研究では、ある水準以上になると、収入の増加によって幸福度や生活への満足度がかえって低下することもある、という結果も得られている。
北米では、収入が9万5000ドルに達すると生活への満足度が、6万ドルに達すると幸福度が頭打ちになるようだ。西ヨーロッパ諸国では、10万ドル、5万ドルがそれぞれ境界線になるらしい。そして東ヨーロッパ諸国だとその水準は下がり、4万5000ドル、3万5000ドルがそれぞれ境界線になる。
先進国では経済の成長とともに、国民の収入は大きく向上してきたが、それが必ずしも幸福度の向上にはつながっていない。
アメリカの社会心理学者、ジョナサン・ハイトはこの点について「先進国の多くでは過去50年間に富は2倍、3倍になったが、幸福度や生活への満足度はさほど変わっておらず、しかもうつ病が以前よりも多く見られるようになっている」と書いている。
富が増えれば、最初のうちは確かに嬉しいと感じるものの、しばらくするとそれが当たり前の水準になってしまい、幸福感は消える。以前にはなかった新しい商品を手に入れて最初は快適さに喜ぶが、時間が経つと持っているのが当然になり、なにも感じなくなる。次の新しい商品が発売されるまではその状態が続く。誰もがもっと豊かに、もっと快適にと思い、上を求めてきりがなくなる。
「欲しくもないものを買うために好きでもない仕事に取り組む」
表向き物質主義や大量消費主義を否定している人は、物を手に入れることは人生の目的にはなり得ないと言いがちだ。誰かに尋ねられれば、自分はもっと大きな目的のために生き、行動していると答える人も多いはずだ。
ところが人々の実際の行動を見ていると、本音は違うように思える。なかなか認めたがらないだろうが、実は大半の人がいわゆる“ヘドニック・トレッドミル”に乗っている。つまり、つねに今よりもう少しお金が、物が手に入れば、それで幸せになれると思っていて、いつまでも本当に満足することはない、という状態に陥っているのだ。
チャック・パラニュークは小説『ファイト・クラブ』にこんなふうに書いている。「若者の中には男女問わず強者がいて、皆、何者かになりたいと思っている。広告は、こういう若者たちに、必要のない車や服を買うように仕向ける。いつの時代でも、彼ら、彼女らは自分が本当に欲しいわけでもないものを買うために、好きでもない仕事に懸命に取り組んでいるのだ」