ハチの能力を持ったぶつからない車
一見ダルマのような形をした赤と白のロボットが、目の前の人間を巧みによけながら動き回る。目に取り付けられたライトも、人間が近づくと青くなって危険ゾーンであることを知らせ、離れると白に変わる。そして2台のロボットは、人間ばかりかお互いをよけながら進み、決してぶつかることがない。
レーザーで障害物を察知して回避行動を取るこのロボット「BR23C」は、日産自動車傘下の日産モビリティ研究所(以下、モビリティ研)が東京大学と共同開発した。その核になる仕組みの解明に役立ったのがハチの飛翔で、生物の形態や動作を工学的に応用する「バイオミメティックス(生物模倣工学)」と呼ばれる学問領域であった。
トンボと同じように複眼を持つハチは、素早く飛びながら障害物を巧みにかわす。この行動を「ぶつからない車」に応用できないかと考えた日産と、昆虫の環境適用能力を研究テーマにする神崎亮平・東大先端科学技術研究センター教授の狙いが一致して、2006年4月から共同研究がスタートしたのだ。
モビリティ研は、このハチの回避行動を応用して、レーザーレンジファインダーを胸に取りつけたロボットを開発した。
左右180度、4メートル先までの障害物を検知し、それをよけながら進むことができる。モビリティ研の安藤敏之主任研究員は、研究目標を次のように話す。
「将来の自動車は360度どの方向にも移動できるようになるでしょう。今の車に搭載されたCPUの情報処理能力では限界がくる。そのとき必要になる衝突回避技術の開発に向け、昆虫の脳に秘められた本能的ともいえる咄嗟の行動が、大きなヒントになるのは間違いありません」
さらに日産自動車は、ハチの回避行動を応用したロボットに続き、お互いにぶつからずに泳ぐ魚の群れの動きを再現した新型ロボット「エポロ」を開発した。09年10月初旬、千葉市の幕張メッセで開かれたIT・エレクトロニクス展示会「シーテック」に出展され、5台のエポロが障害物をよけながら仲良く並んで動き回る姿に、会場から歓声が上がった。