体と手をシンクロする。永久シードの倉本昌弘もスイングで心掛けているポイントだ。これは素人であれば、クラブのグリップエンドがいつも自分のへそを向いているスイングといってもよい。松山英樹はそれを超高速スイングでやってのける。フェースコントロールができればボールもコントロールできる。描いた弾道が打てるようになる。
稲見は子供の頃からやっていた1日10時間の練習で、新しいスイングを3カ月でものにする。こうしてほぼ半年後の7月に初優勝するのだ。自分のショットに自信がついた稲見はドライバーでしっかりとフェアウェイをキープできるようになる。良いライから打てるのでピンを狙うショットも思い切って打てる。スコアは必然的によくなっていく。
東京五輪で示した“安定したコントロール”
オリンピックでは至難の霞ヶ関カンツリー倶楽部を自分の描くコースマネジメントで攻略していった。その結果、4日間のフェアウェイキープ率は驚異の85.7%の第1位。1ラウンド14回ドライバーを振るとして、2回しかフェアウェイを外さないことになる。グリーンをパットのしやすいところに狙うことができる。スコアを縮めていき、遂にオリンピックではトップを走っていたネリー・コルダを最終日の17番ホールで捕まえる。
惜しくも最終18番ホールでバンカーに入れてボギーを打ったが、その差は僅か1打。金メダルは手が届くところにあった。
「難しいコースだけに、ティショットで行ってはいけないところには行かないように丁寧に打った。敢えて必要以上に飛ばそうとは思わず、気持ちを抑えながら打てました」
ゴルフは飛ばしたほうが有利になる。ピンに近づけば短いクラブで打てる。バーディチャンスが増えるのは当然だ。しかし飛ばしても曲がれば致命傷にも陥る。
霞ヶ関カンツリー倶楽部は松林でホールがセパレートされている。曲げて松林に入れば出すだけがやっと。たとえ林に入らずとも張り出した枝がピンへのショットを邪魔する。ラフも長いので、容易に長いクラブでは打てない。すぐにボギーになり、ダボにもなりやすい。しかし、稲見は4日間、一度もダボはなかった。
とはいえ、抑えて打つのは口で言うのはたやすいが、やるのは高等技術が必用だ。
「稲見選手は1番手大きなクラブを持って、1番手下の距離が打てる」と言うのは、上田桃子をコーチする辻村明志である。「これができるからこそボールを落ち着いて飛ばせる。自分が描く弾道のライン出しができる。しかし、これは相当な練習を積まなければできない技。稲見選手はフェースの動きが見え、ボールをコントロールできるのです」とも語る。