息子のフリをしてお金を騙し取る振り込め詐欺から、ネット上で著名人を装う愉快犯まで、世の中にはさまざまな“なりすまし”事件がある。なりすましはどこから罪になるのか。
既婚者が独身の青年実業家と偽って女性を口説いたケースを考えてみよう。じつは別人になりすまして女性と交際しても、それだけでは犯罪にならない。刑事事件に詳しい長谷川裕雅弁護士は、次のように解説する。
「ウソの経歴で女性に近づき、結婚をエサに金銭を騙し取ることを俗に“結婚詐欺”といいますが、詐欺罪は財物を詐取してはじめて成立します。つまりウソの経歴で女性を騙しても、お金を騙し取らないかぎり詐欺罪には問えません。肉体関係があっても同じ。女性の貞操は強姦罪などでは刑法上保護されていますが、財物とみなされないため詐欺罪は成立しません」
誰かになりすますこと自体は一般的に罪ではなく、なりすましで違法行為を行ってはじめて罪に問われる。この構図は他のなりすまし事件も同様だ。たとえば息子を騙った振り込め詐欺も、息子のフリをして電話しただけならセーフ。お金を騙し取ろうとして、入金指示した時点で詐欺未遂、騙し取って詐欺既遂になる。
なりすましだけで犯罪になる恐れがあるのは、資格を詐称した場合だ。11年8月、震災で被災した宮城県石巻市で、医師資格がないのに医療行為を行った男が逮捕された。容疑は医師名称使用。医師法第18条では、医師資格がないのに医師を名乗ったり紛らわしい名称を用いたりすることを禁じている。まさに医師へのなりすましで逮捕されたのだ。
医師法だけでなく、国家資格の各規定法令は、無資格者が資格の名称を使うことを禁止している。ただし、名乗るだけで逮捕されるケースは稀だ。
「今回逮捕に踏み切ったのは、無資格医業(医師法第17条)や助成金を不正受給した詐欺での立件が視野に入っていたから。通常、有資格者とウソをついただけで警察が動くことは考えにくい。無資格の人が飲み会で『自分は医師だ』と自己紹介しても、それだけで捕まることはない」(長谷川弁護士)