EUの排出権取引拡充で家計の負担増は避けられない

家計の負担が増える背景には、EU排出権取引制度(EU ETS)の拡充がある。

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EUの排出権取引制度であるEU ETSは、従来は電力や石化、重工業、航空などの企業の排出権を主な取引対象としていた。それが7月14日に示された包括的な法案の中で、今後は家計に関わりが深い道路輸送と建物に関しても適用を拡大する方針が示されたのである。

正確には、ガソリン車などの道路輸送と化石燃料を用いた暖房を利用する住宅などの建物に関して、燃料の供給業者を対象とする新たな取引制度がEU ETSに新設される。制度は2026年に稼働する予定だが、同時に道路輸送と建物には温室効果ガスの排出削減義務が課されるため、そのコストの相応の部分は消費者つまり家計に転嫁される。

排出削減義務が達成できない企業はEU ETSを通じ、排出削減義務を達成できた企業から排出権を購入する。排出権の需要増を織り込み、EUの炭素排出権取引価格は現在1トン当たり50ユーロ台半ばと1年間で約2倍となったが、ポーランド経済研究所は2030年までに170ユーロに達すると試算、強気相場が続くとの見通しを示した。

道路交通も建物も、家計に密接な存在だ。そのため、これらの部門に属する企業が負担する気候変動対策のコストの多くは、巡り巡って家計に転嫁されることになる。なお南欧諸国や中東欧諸国の気候変動対策は西欧諸国や北欧諸国に比べると遅れているため、南欧や中東欧の家計に課される負担の方が西欧や北欧よりも実質的に重くなるだろう。

例えば、西欧や北欧では家庭用燃料電池(コージェネレーション)が普及しているが、南欧や中東欧では遅れており、灯油や石炭などの化石燃料を暖房に利用しているケースも少なくない。そうした家計には、化石燃料の価格上昇という形でコスト負担のしわが寄ることになるが、彼らがすぐ家庭用燃料電池を整備できるわけでもない。

低所得国への配慮を軽視……EUに生まれるひずみ

EUに加盟するためには主に政治、経済、法律の3分野に関してEUが定めた基準をクリアすることが必要となる(コペンハーゲン基準)。うち経済の基準については、国内の企業がEUの域内市場での競争に耐え得ることが要求される。欧州委員会が定めた経済取引のルールは、加盟国の企業が等しく守らなければならないというのが原則だ。

そうは言っても、EU域内には歴然とした所得格差が存在する(図表1)。

【図表1】EU内の所得格差(一人当たり名目GDP)

言い換えれば、EUは発展段階が異なる経済の集合体でもある。そのためEUは構造基金と呼ばれる所得移転メカニズムを通じ、所得水準が低い南欧や中東欧の諸国の経済開発を支援している。南欧や中東欧のキャッチアップのサポートは、EUに課された宿命のうちの一つである。