しかし2014年6月、EUは『欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)に関する政策文書』を公布、EU全体の利益になると判断される案件には補助金の支給を容認すると産業政策のスタンスを変えた。中国の経済的な台頭でEUが国際社会での技術覇権争いに敗北しつつあることへの危機感が、EUの戦略転換につながったのだ。

中国政府は中国企業に対して潤沢な補助金を支給している。2021年5月17日付の日本経済新聞朝刊によれば、2020年に中国の上場企業へ支給された補助金は前年比14%増の213億元(約3兆6000億円)と過去最高になった模様だ。こうした潤沢な補助金が中国の産業競争力の一つの源泉であることは間違いないと言えるだろう。

中国通貨
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世界貿易機関(WTO)が禁止している補助金は国外輸出や国内消費を促進するための補助金であり、研究開発のための補助金は容認されている。中国政府による補助金の給付は透明性に乏しく、WTOルール違反の補助金が含まれる可能性も否定できない。EUの場合は、WTOルールに則ったグリーンな補助金に限定されることになる。

米中との競争を念頭に国家介入主義へ回帰

EU最大の経済主体であるドイツには、政府による介入は市場経済のルール作りに限定すべきであるという伝統的な戦略観がある。オルド自由主義(Ordoliberalismus)と呼ばれる考え方であり、この戦略思想に基づきドイツ経済は成長してきた。とはいえ、近年のEUの産業政策は、フランス流の国家介入主義(dirigisme)に接近している。

国家介入主義とは、市場経済を重視しながらも、文字通り政府による積極的な政策介入を肯定する戦略思想だ。第二次世界大戦を受けて疲弊したフランス経済の立て直しを図るうえで、当時のフランスの経済官僚は一定の経済統制が必要となると考えたのだ。その実、EUという超国家機構の構築も、そうした国家介入主義の延長線上にある。

ジャン・モネ(出典:ウィキメディア・コモンズ)
ジャン・モネ(写真=Anonymous/PD/Wikimedia Commons

EU統合の父といわれるジャン・モネは、フランスを中心に隣国と経済同盟を形成し、体力を回復させたうえで自由貿易体制に復帰する計画を立てていた。俗にいうモネ・プランであり、EUという構想の礎をなすものであるが、つまりEUという超国家機構は、将来的な国際競争を念頭に置いたフランス流の国家介入主義の産物でもある。

米国と中国による争いと化して久しい技術覇権争いであるが、その渦中でEUがこのまま埋没するわけにはいかない。EUが一度は捨てたはずの国家介入主義に回帰している背景には、そうしたEUの強い危機感が存在する。とはいえ、戦後のフランスが志向した産業統制に等しいような強いレベルの国家介入までは、まだかなり距離がある。