※本稿は、中村桃子『「自分らしさ」と日本語』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。
夫婦同姓を法律で強制しているのは日本だけ
国家が国民の名前を規制しているもっとも顕著な例は、夫婦は同じ姓でなければならないという法律だ。民法750条には、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」とある。ここで、「氏」と称されているのは、いわゆる「苗字」のこと。苗字は、「姓・氏・名字」などとも呼ばれ、これらは歴史的にそれぞれ異なった意味を担っている。民法では「氏」が用いられるが、本章では読者になじみのある「姓」を使っていく。
家族法に詳しい二宮周平(2007)によれば、このように夫婦同姓を法律で強制している国は、世界でも日本だけ。どうして、このような法律ができたのだろうか。
先にも説明した通り、明治時代になって国民を把握する必要ができたときに、明治政府は一人一名主義を定めた。これは、氏名を用いて国民の戸籍を作るためだった。明治民法の戸籍は「家」制度にもとづいていたため、姓は「家」の名称になった。そのため、当初は、他の家から入ってきた妻はそれまでの姓を用いるという考え方もあったが(久武1988)、しだいに妻に夫の家の姓を名乗らせることで、妻も家に所属していることを明確にするようになった。姓の変更は、その人が属する「家」が変わることを意味したのである。
婚姻改姓は「所属する家の変更」を意味していた
明治民法の家制度では、父である戸主に絶対的権力(戸主権)があった。父には、財産を管理し、住む場所を決め、子どもの親権や結婚、養子縁組、分家を承諾する権利があり、家族の生活はほとんど父によって決定されていた。
一方、妻は財産を管理したり処分することのできない「法的無能力者」とされただけでなく、親権もなかった。戸主権と財産は長男一人に相続されたので、女の子どもだけでなく長男以外の男の子どもにも継承されなかった。つまり、家制度の「家」とは、父親から長男に継承していく「男の家」を指していたのである。
その結果、改名禁止令にもかかわらず、国民の半分が改姓することになった。女性が結婚する時に夫の姓に変更する、婚姻改姓である。婚姻改姓は、女性が父親の家から夫の(父親の)家に所属が変更したことを意味したのである。