「オールドマンパー」を全うできた松山
次に「相手は人間ではなく仮想のパー爺さん」であるということ。つまり戦う相手は自分自身だということ。自分のゴルフをやりきれるか。自分を信じられるかが「オールドマンパー」の極意である。松山は最後までそれを全うできた。
そのことが最も試されたのは最終日である。3日目を終えて首位に立ち、そのまま逃げ切れるほどマスターズは甘くない。ボビー・ジョーンズは言っている。
「オーガスタのバックナインは30も出るし、45も叩く。だから多くのドラマが生まれ、逆転優勝がある」
松山は最終日2位と4打の差を付けてはいたが、ジョーンズの話しからすればその差はあって、ないも同然。かつて世界最強と言われたグレッグ・ノーマンは最終日6打差がありながらニック・ファルドに逆転負けを喫している。追う者は失うものは何もない。優勝だけを目指して果敢に挑戦できる。一方、首位に立つ者はどうしても守りたくなる。そこに逆転ドラマが生じるのだ。
私はこのことに関し、過去のデータから追う者は最高でも65しか出せない。故に松山は69を出せば負けないと考えていた。前半をパープレーか1つ伸ばし、後半で2つ伸ばすことは必ずできる。慌てず、騒がず、欲をかかなければ問題なく優勝できると踏んでいた。実際、このことを松山も考えていた。「69か68を出したい」と。
理想的な展開
最終日、松山はスタートこそ緊張から3番ウッドのティショットを右に曲げて林に入れ、出すだけの3オンでボギーとするが、2番で完璧なティショットを放ち、バンカーから絶妙に寄せてバーディをとってバウンスバック。これで気持ちが落ち着き、パーを重ねながら、8番、9番でバーディを奪う。理想的な展開の「オールドマンパー」だった。
2位との差を5打と広げ、何が起こるかわからないバックナインに突入。松山は10番を穏やかにパーで通過し、池だけは避けたいアーメンコーナーで11番を安全に右サイドからアプローチしてパー、12番はピンを目がけずにグリーンセンター狙いが少し大きくて奥のバンカーに入れてボギーを打つが、差は5打のまま。
13番のティショットを右の木に当てるものの運良く出てきて、セカンドショットも大きくあわやゼリアの園に飛び込むショットが土手に跳ね返りラフ。ここから絶妙なアプローチでバーディを奪い、差を縮まらせなかった。運もあり技で凌いだ。
しかし15番でグリーンオーバーから16番の池に入れるハプニングが生じる。セカンドショットをなぜ前日のようにフェードで打たなかったのか。私は故・中部銀次郎の「サンシャインアゲンスト」という言葉を思い浮かべた。15番のセカンドは強烈な逆光となる。松山はピンが遠くに見え、思わず強く、それもドローで打ってしまったのではないか。