※本稿は、ケヴィン・スコット『マイクロソフトCTOが語る新AI新時代』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の一部を再編集したものです。
世界は明らかにいい方向に進んでいる
有名SF作家のウィリアム・ギブスンは、1982年にサイバースペースという言葉を生み出し、2年後に小説『ニューロマンサー』の中で使って、わたしを含め、多くの若手技術者に多大な影響を与えた。
「未来はそこにある。まだ等しく分け与えられていないだけだ」というギブソンの言葉は、いろいろな場所で引用されている。こうした未来と財産の不平等な分配は、いまも各所に残っている。先進国と途上国、都市と農村、資本を持つ者と持たない者、専門知識のある人間とない人間の格差は、今という時代を象徴する問題だ。
それでも大部分の人にとっては、世界は以前よりも暮らしやすい場所になっている。スティーブン・ピンカーは『21世紀の啓蒙』の中で、ハンス・ロスリングは『ファクトフルネス』の中で、世界は明らかにいいほうへ進んでいると主張している。実験して実証するのは難しい説だが、わたしも2019年現在、ヴァージニアの田舎で暮らす貧しい少年だったころ、あるいはコンピュータを初めて買った80年代初頭よりもいい暮らしをしている。
そのコンピュータ、ココ2は84年当時199.95ドルもしたから、わたしは買うためにいろんな雑用をこなし、誕生日やクリスマスにもらったピカピカの5ドル札も貯金した。当時の199.95ドルは、現在の価値では480ドルにもなる。今ならその値段の半分も出せば、4ギガのメモリと32ギガのハードディスクドライブ、11.6インチの高解像度カラータッチスクリーン、さらにココ2の890キロヘルツのプロセッサMC6890E(そう、キロヘルツだ!)をはるかに上回る性能のCPUを備えたノートPCを手に入れられる。
しかし残念なことに、今がどれだけ恵まれているかを分析したり、子どものころこうだったらよかったと妄想したりしても、今後の歩みを考える役にはほとんど立たない。未来が均等に分け与えられていないのは明らかだ。そして哲学的な互恵の精神でも、日曜学校で教わる黄金律でも呼び方はなんでもいいが、すばらしい未来を実現するには、助け合いの精神が大事なのも明らかだ。
その助け合いの精神が具体的に何を意味するかは、テーマの深さの点でも、広さの点でもここで扱える範囲を超えているし、地域社会や大学のキャンパス、あるいは選挙戦で話し合うべき事柄だろう。もっとも、この記事にできることがないわけではなく、AIが未来に果たす重要な役割のアイデアは提供できる。AIは、非常に難しい課題を解決するツールになる。それゆえ今後のAI開発は、誰もが自分の潜在能力をフルに発揮できるよう、等しく力を与えるものになることを原則と目標にしなければならない。