日本にも「Jアノン」を信じる人たちがいる
少し前まで、人類が手にできる情報はわずかで、かつ遅いものであった。近世期の江戸幕府中枢は、長崎に居たオランダ商館長による所謂「オランダ風説書」によって、フランス革命の勃発を知ったが、そこには1年程度のタイムラグがあったという。
現在、地球の裏側のささいな事件であっても、情報は時差なく世界中に拡散される。ただし、人類の情報処理能力は中・近世とさほど変わっていない。情報が増えているのに、人類の能力は変わっていないため、相対的に人類はどんどん「バカ」になっているように見える。
冥王星とその衛星カロンにまで無人探査が出来る時代になっても、アメリカの急進的なキリスト教原理主義者の一部は、進化論を否定し地動説を信じている。先日も、米国の「Qアノン」の信奉者らは、「3月4日にトランプ前大統領が再び就任する」などというデマを信じ、騒ぎを起こした。失笑してしまうが、日本にも「Jアノン」を信じる人たちがいる。
巨大地震のたびに発生するデマにどう対処するか
「3.11」から10年を迎えようとする2021年2月14日。福島沖を震源とするM7.3の地震(3.11の余震)でまたぞろネット上ではデマが散見された。「朝鮮人や黒人が井戸に毒を入れた――」。言わずもがな1923年の関東大震災におけるデマの悪質なパロディであり、愉快犯と考えられる。
一方、千葉県市原市の工場で爆発が起きたとされる画像がSNSで拡散された。こちらは単純に勘違いに起因するデマであった。思えば2016年の熊本地震における「ライオンが動物園から逃げた」というデマは投稿者が官憲に立件される自体に発展している。
なぜ巨大地震のたびにデマが発生してしまうのか。一部には「ネットの普及がデマ拡散の原因だ」という見方があるようだが、それは不正確であろう。関東大震災の起きた1923年にインターネットは無かった。
また、阪神・淡路大震災の起きた1995年にはインターネットはあったが、まだ国内で利用者は限定的だった。デマ伝達の主な手段はクチコミだ。被災地域で「○日に大きな余震が来る」というデマが乱舞し、京都や彦根の気象台に約100件の市民からの問い合わせがあった(1995.1.26、朝日新聞)。他にも「給水作業の従事者がエイズに感染しており、水を回し飲みした市民がパニックに陥っている」のデマ電話があり、神戸市の保健所がポスター百枚を作ってデマ注意を呼び掛けた(1995.1.30、毎日新聞)。
経済史家の鈴木浩三氏によれば、江戸期に頻発した巨大地震の際にも、デマが乱舞したという。1703年11月23日(旧暦換算)に起こった「元禄地震」は関東一円に壊滅的な被害をもたらした。
“11月23日の昼から夜の間に天地が崩れるようなことが起こるという御神託があり、それが当たったため大地震の夜が明けた23日になると、商人たちが欲も得も忘れて商品を廉価販売した”(鈴木浩三『江戸の風評被害』筑摩選書、P.73)
「御神託が当たった」というのは明らかなデマであり、さらなる大地震が来るという流言飛語が乱舞した。或いは当時将軍であった5代綱吉の悪政によって地震が起こったというデマも流れ、1737年には「箱根山の温泉が水になった」「山の手の井戸が泥になった」(鈴木、81)という次なる大地地震を想起させるデマも跋扈したという。
1855年の安政江戸地震でも、江戸にデマが横行した。
“地震後の出火や市中の治安悪化を理由に、諸商人の中には奉行所から休業を許されたり、町役人から営業を差し止められたという者があるが、それらは全くのデタラメなので、諸商人の営業は続けさせ人々が困らないよう物資を販売させよ”(鈴木、92)
つまり地震によって流通が止まる、という趣旨のデマが流れたという事である。歴史を振り返ってみても、ネットの普及とデマの発生に相関を見出すことは出来ない。