動物園のテーマを「北ドイツ」にした理由

しかもルッツ(父や弟と区別するためこうよぶ)は、ナチス・ドイツの「全国元帥」ヘルマン・ゲーリング(1893~1946)ときわめて親しかった。ともに狩猟を趣味にしていたことが大きい。1940年には、ゲーリングが傘下におさめる「全国営林局」の「最高自然保護所」を率いることになる(図版2)。

狩猟するゲーリングとルッツ・ヘックの写真
図版2:ゲーリング(左)とともに狩猟するルッツ・ヘック(右)(画像=『動物園・その歴史と冒険』)

そんなルッツが率いるベルリン動物園は、ナチスにとりいるような展示をはじめた。「ドイツ動物園」がそれである。この施設は、北ドイツの家屋や風景を再現して、クマ、オオカミ、オオヤマネコ、カワウソ、オオライチョウといった土着の生きものを飼育するものだった。北ドイツがテーマになっているのは、当時「ゲルマン=ドイツ人」(アーリア人)の「人種精神」が同地方に残っているとみなされていたからだ。ナチスの鉤十字(ハーケンクロイツ)が飾られていたことは、いうまでもない。

「絶滅動物」の再生に力を注いだ

さらにルッツが、弟ハインツとともに精力的にとりくんでいたのが、オーロックスやターパンといった絶滅動物を再生することだった。オーロックスは、現在家畜となっているウシの祖先であり、ターパンは家畜のウマの祖先にあたる。また、当時絶滅にひんしていた野牛ヨーロッパバイソンの再繁殖も試みた。

彼らは、なぜこれらの種に関心を示したのか。筆者は、この問題を調べてくわしく書いたことがあるが、ここではかんたんに説明しておこう。これら3種の生きものは、中世ドイツの英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』のなかで、ジークフリートが狩ったとされている生きものなのだ。少なくともルッツはそうみていた。

『ニーベルンゲンの歌』は、残酷な殺しあいの物語(ほとんどみんな死ぬ!)であるが、ドイツ人がもつ忠誠心や勇敢さをあらわしているとたたえられ、なかでも「竜殺し」のジークフリートは人気の英雄だった。