社長が会社の人事に触ってはいけない理由
ストレートに怒りをぶつけてくるよりも厄介なのが、嫉妬心を抱くタイプの人です。嫉妬心も承認欲求の変形ですから、誰の中にも必ずあります。仕事の面では、それが権力闘争と結びつくから面倒なのです。加えて、嫉妬される側には防御策がありません。
イレギュラーの抜擢人事を受けた人は、自分の能力が正当に評価されたから登用された、としか思わないものです。ところが傍目で見ている人は、アイツが登用されたのは能力があるからだとは考えず、自分が優遇されないのを不当な扱いだと感じます。他人に嫉妬する人は、自分が嫉妬していると認識しないのです。
組織で1人を登用すれば、5人の敵ができると見るべきです。代わりに出世から外されたと思う人は、死ぬほど恨むからです。つまり人事担当者は、10人の登用人事を行なえば50人が自分の敵になります。ですから社長のポジションに長くいようと思うなら、人事には触らないことです。恨みを買わないため、人事部長に任せておいたほうがいいのです。人事部長は恨まれても、2年から3年で交代するからです。
組織において、優秀なのに嫉妬されないというポジション取りは難しいものです。嫉妬を防ぐことはできませんが、買わないような努力はできます。大切なのは口です。言葉遣いにだけ注意しておけば、ある程度の摩擦は避けられます。
「嫉妬する人」への切り返しは韓流ドラマから学ぶ
第一に、刺激せず、乱暴な言葉遣いをせず、聞き上手になることです。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に出てくる三男アリョーシャは、聖人のように描かれますが、同書の翻訳も手掛けたロシア文学者の亀山郁夫さんは、アリョーシャは相手の言葉を繰り返しているだけだと指摘しています。
会話というのは、実は相槌さえ打っていれば成り立ちます。自分から積極的な話をせず、相手の言っていることを「〜ですね」「〜ですか」とオウム返しにしていると、会話は流れていくのです。すると相手は、自分の話を聞いてもらえたと満足します。質問力の神髄はオウム返しです。嫉妬を買わない人は、だいたいオウム返しが上手です。
嫌な状況を切り返すための話術は、論点回避です。これはディベート術であまり教えられないのですが、実際は非常に役に立ちます。テレビドラマ『黒革の手帖』(2017年版)で、武井咲さん演じる主人公の元子が、ある女性の写真を見せられて「どう思う?」と尋ねられ、「素敵なお召し物ですこと」と答える場面があります。容姿や性格がよさそうに見えなかったため、論点をすり替えたのです。
話題をうまく転換して会話が途切れないようにしながら、問題の本質に触れない。この場面は松本清張の原作にはないので、見事な脚本でした。とっさの切り返しは、場数を踏まなければできるものではありません。そこで本や映画やドラマで、こうした代理経験を積むことがいい訓練になります。大流行した『愛の不時着』や『梨泰院クラス』などの韓流ドラマには、激しく喧嘩しているように見えて相手の懐に飛び込んでいくなど、やりとりから学べることが多いと言えます。