セミナーには店員や常連が参加していた

誘ってきた女性との会話のなかで、経営者の高収入と時間の自由を強調されたという。話の流れで起業に興味を持った彼女は、その女性から「経営の師匠」を紹介された。その人物はパーティーにいた経営者の男性だった。Aさんは起業の勉強をしている団体があると説明され、起業の意思を確かめられた後に入会を認められた。

その後始まったセミナーで、彼女は驚愕きょうがくした。

「あの店の経営者も店員も常連も、皆同じセミナーに参加していたんです。お店やパーティーにいたほとんどの人が同じ団体の会員でした」

その数カ月後に彼女を待っていたのは、シェアハウスで同じ組織の構成員と寝食をともにし、師匠に毎月15万円支払う生活だった。

個人情報はすべてスプレッドシートで管理

彼女が入会していた団体は「環境」や「事業家集団」などと通称されている。あくまで「通称」なのは、この団体に正式名称がないためだ。

違和感を覚える方もいると思うが、これにも狙いがある。彼らはネットで悪評を検索されないよう、あえて名前を付けていないのだ。いわば「逆SEO対策」である。以下、本稿では彼らを「環境」と呼ぶことにする。

「環境」の勧誘手法とビジネスは以下のようなものだ。

彼らはまず、街コンやボードゲーム会、あるいは主要駅の路上といった人が集まる場所に出向き、連絡先を大量に交換する。

その後、食事や飲み会、パーティーなどに誘い、属性を聞き出すとともに親交を深めていくという。ターゲットにされやすいのは独身の一人暮らしで、職場に不満を持っていたり、今の仕事とは他にやりたいことがあるなど、現状を変えたい志向を持つ人物だ。

嬉しそうにハイタッチするスケートボーダーのグループ
写真=iStock.com/visualspace
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ここで聞き出した情報はスプレッドシートで管理されるとともに「師匠」(上位階層メンバー)に報告されている。私が脱会者に見せてもらったスプレッドシートには、氏名や出身地、職業や生活形態といった個人情報がびっしりと書き込まれていた。

勧誘できそうだと判断すると、最初に接触した人物が師匠を紹介する。この時の組み合わせは、勧誘対象―構成員―師匠という、マルチ商法でもよく見る「ABC(A=アドバイザー:説明者、B=ブリッジ:勧誘しようとする人、C=カスタマー:勧誘される人)」である。

構成員は「起業で成功する方法を知っている」「何人もの弟子が独り立ちしている」といった言葉で師匠を持ち上げ、また師匠が経営している店舗や会社のウェブサイトを見せて信用させる。

こうして「環境」に心を許していると判断すると入会を勧め、師匠の近辺に引っ越すよう助言するのだ。