「両立したい」の言葉が思わぬ結果に
しかし、数年経って仕事に慣れてくると、その喜びは閉塞感に変わった。契約書作成などの実務はルーティンが多い上、企業ごとに独自の型がある。このまま今の場所に閉じこもっていたら、他の仕事で通用しなくなってしまうでは──。そんな不安から、上司に「仕事の幅を広げたい」と異動を願い出たこともあったという。
願いがかなったのはその翌年。ビジネスモデル特許の流行もあって、オリックスでも知的財産関連の法務を強化することになり、影浦さんはそちらに担当替えに。それまで担当していた取引契約法務とはまた違った分野を見ることができて、知識とともに自分のキャリアも広がったという手応えを感じた。
仕事への意欲は上向いたが、ここで思いもかけなかった壁に突き当たる。担当替えから2年後、結婚した影浦さんは上司に今後どう働いていきたいかと聞かれ、何の気なしに「仕事と家庭を両立していきたい」と返答。今ではごく普通の、むしろよくあるこの答えが、予想外の結果につながってしまったのだ。
「法務の前線から、社内向けのマニュアルづくりなどの仕事に回ることになったんです。両立できるようにと気を遣われたのか、それともビジネスモデル特許の仕事が一段落したからかは今もわかりません。残業は減りましたが、以前に比べてやりがいが感じられず、不完全燃焼の状態が続きました」
それまでのチームで取り組む仕事とは違い、一人で黙々と作業する孤独な仕事。スケジュールには余裕があったが、すぐ近くの席では後輩が夜遅くまで忙しく働いており、自分だけが早く帰ることに罪悪感を覚えたという。
後輩をサポートしようとして「手伝おうか」と声をかけてもピシャリと断られ、上司にも「君はいいから」と言われる日々。チームの役に立ちたくても立てない、積んできた経験を生かす機会がない。そんな環境下ではストレスがたまるのも無理はなかった。
結婚して生活環境が変わったところに仕事のストレスが重なり、やがて影浦さんは体調不良に陥ってしまう。気持ちも落ち込み、仕事への意欲もなくしかけた。
こうしたつらい日々から救ってくれたのは、入社当時から気にかけてくれていた、元上司でもある役員だった。コンプライアンス部門の拡張に伴い、「一緒にやらないか」と声をかけてくれたのだ。ここでの担当は会社法務。普遍的な業務だけに、経験を積めばどこの会社でも通用する武器になる。新たな成長の機会を得て、影浦さんは意欲と自信を取り戻した。
「今では、あの時辞めなくて本当によかったと思っています。その後も退職を考えたことはありましたが、辞めたらこの会社での成長は二度と体験できなくなる。それならばもう少しがんばってみよう、その繰り返しでここまで来ました」