海外旅行に出かける日本人の数は、年間1800万人。その海外旅行でいまや最も知名度の高い病気が「エコノミークラス症候群」であることに、異論をはさむ人はいないだろう。

プロサッカーの高原直泰選手やプロ野球の伊良部秀輝選手などがかかったことでも知られるが、けっして飛行機のエコノミークラスに乗っている人だけが襲われる病気ではない。

航空医学研究センターが国内で行った調査によると、1993年から2000年までの8年間に44人がエコノミークラス症候群にかかり、そのうちの6人がビジネスクラスの乗客だった。日本旅行医学会は「ロングフライト血栓症」という名称を提唱しているが、飛行機だけが問題なのではなく、長距離バスの乗客、タクシードライバーでも患者が報告されている。

医学的には「肺動脈血栓塞栓症」という。1~2時間では問題がなくても、6時間以上ずっと同じ姿勢で椅子に座るなどしていると、脚の筋肉の奥深いところを通る静脈血が停滞してしまう。すると、血液がゼリー状に固まり、血管の中に血栓ができる。この状態を「深部静脈血栓症」という。

血栓ができた状態で歩き出すと、ポンプの役割を果たす筋肉によって、静脈血とともに血栓も心臓へ向かって押し流される。血液は酸素をとりこむために、今度は心臓から肺動脈に流れるため、血栓の大きさによっては肺動脈の細いところで詰まることになる。その結果、息切れ、呼吸困難、胸の痛み、咳、動悸、冷や汗などの症状が出る。重症のケースでは意識を失ってしまい、発症からわずか数時間で死に至ることもある。

長時間同じ姿勢を続ける点では、窓側に座ると、通路側の人に遠慮して席を立つ回数が減るので、より発症しやすいと思われがちだが、実際には窓側、通路側での発症数に差はない。それよりも、まったくトイレに行かなかった人が発症と大きく関係していたことが、調査で明らかになっている。

機内の想像以上の乾燥も大きな原因になっている。機内の湿度は15%以下で、ひどいときには5%ということもある。これでは、砂漠にいるのとまったく変わらない環境である。一方、体からは1時間に80ミリリットルの水分が汗となって出ていく。8時間のフライトでは、ビールの大ビン1本分もの水分が失われることになるのだ。

楽しい旅行をするには、飛行機の中で「水分補給」「機内での運動」「アルコールやコーヒーを控えめに」を守ることだ。そうするとエコノミークラス症候群は予防できる。

 

食生活のワンポイント

砂漠状態の機内では、ドリンクサービスを積極的に利用し、水を最低限1時間に120ミリリットルは摂取するように。水だけでは体のミネラル分が不足するので、ときどきスポーツドリンクなどの糖電解質飲料も摂取すると、体の細胞にもいいし、血液粘度がアップすることもない。とりわけ70歳以上の人は、のどの渇きに対しての感覚が鈍くなっているので、渇きとは関係なくどんどん摂取する必要がある。

また、機内でアルコールやコーヒーをガブガブ飲む人がいるが、どちらも利尿作用があるのでとりすぎないよう十分注意を。アルコールを飲んだ場合は、ビールなら半分程度、ウイスキー水割りなら同量の水を摂取するように心がけてほしい。

トイレに1時間に1回行き、機内を歩くほかに、椅子に座ったままのときも脚の運動をこまめに行おう。かかとを上げたり下げたり、次につま先を上げたり、下げたりを繰り返す。どちらも1回に5、6回をめどに。さらに、足の指の「グーパー体操」を。手で行うのと同じことを足の指で行うと思えばよい。これも1回に20回ずつくらいをめどに行うように。