政治部出身者を一掃して、社会部・経済部出身者を登用
前田会長の決意は、NHKの幹部人事にも表れた。
就任早々の2月、自らを補佐する副会長に、最年少理事の正籬聡氏を任命し、「異例の抜擢」と周囲を驚かせた。
4月の定期人事では、編成局、広報局、関連事業局などの主要な局長ポストに社会部畑や制作畑の出身者を起用、報道局長も経済部出身者を指名し、NHKの中核を担ってきた政治部出身者が一掃された。
さらに、10月初めには、政界とのパイプ役を務める経営企画局長を在任わずか半年で大阪拠点放送局長代行に移し、後任には就任以来すぐそばで補佐し信任の厚い社会部出身の秘書室特別主幹を就けた。
「人事制度は、ほぼ全部変えたほうがいい」という一連の人事は、武田総務大臣のネット事業費の新基準の早期容認につながったともいわれる。
従来の人事慣行を打ち破る手法は、単なるショック療法にとどまらず、内からの変革を迫る即効薬でもある。大幅な予算削減や異例の人事で吹き荒れる「前田旋風」に、NHK局内はテンヤワンヤの大騒動になっていると伝えられる。
「放送にはド素人」と揶揄する声も聞こえてくるが、放送界と縁の薄かったことが、逆にしがらみのない改革にまい進する原動力になっているともいえそうだ。
「切り札」として打ち出したテレビ設置の届け出義務化
一方、前田会長の思いがあえなく頓挫した「改革」もある。受信料徴収の「切り札」として打ち出したテレビ設置・未設置の届け出義務化だ。
ネット事業費のルール変更という難題を突破した前田会長は、余勢を駆って、これまで誰も手をつけてこなかった新たな受信料不払い対策を持ち出した。
・テレビを持っていない人には未設置の届け出を義務づける
・未契約者の情報を自治体などに照会する
というセットの制度改正である。
約1300万件の未契約世帯のテレビ設置の有無を特定し、設置者には放送法に定められた受信契約を結んで、受信料を半ば強制的に徴収しようというもくろみだ。実現できれば、年間約300億円に上る受信料の徴収経費を劇的に削減できるうえに、受信料の大幅な増収が期待できる。
「公平負担の徹底」を錦の御旗にした前田会長の肝いりで、NHKは、10月16日の総務省有識者会議に提案した。ところが、その場で、委員から「届け出義務に法的整合性がない」「個人情報の侵害になりかねない」「未設置者に不利益を与える」などと、否定的な意見が相次いで出された。