損失の落胆度は得したときの2.5倍

もう1つ、感情が行動に影響を与えるという例を挙げよう。

人間は利益よりも損失に対してより敏感に反応する。これをモデル化したのが、ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンらの「プロスペクト理論」だ。

投資で儲かったときはむろんうれしい。しかし、逆に損をしたときにはそれをはるかに上回る程度で落胆する。その落胆ぶりは利益が出たときの約2.5倍といわれている。もし投資で1万円損をしたとしたら、感情的な落ち込みは2万5000円分のレベルに達する。

これは株式市場以外のケースにも当てはめられる。例えば、昨今流行していた成果主義の給与体系を社員100人の会社で導入したと仮定しよう。成果を上げた30人に対しては1人20万円の上乗せで報いる。逆に成績不振の30人の給与は1人20万円ほど減らしたとする。全体の人件費を増やさないとすれば、会社の人件費は同額である。だが、プロスペクト理論によると、給料が減った30人の社員は、昇給した社員の喜びと比べて2.5倍落胆するということになる。結果、組織全体で見るとパフォーマンスが落ちてしまうことが予想されるのだ。

これを社会全体に置き換えると、「格差社会=所得の再分配」などという単純さではないのかもしれない。割を食った人々の不満をしっかりと把握しないと、社会が機能しなくなる可能性すらはらんでいるのである。

※すべて雑誌掲載当時

(構成=山下 諭 撮影=川島英嗣)