仕組みづくりに関して優れた能力

菅新首相の父は秋田の豪雪環境を生かしてイチゴの出荷時期を遅らせてブランド化するという「仕組みづくり」で成功した人物だ。菅新首相も父譲りの才能を引き継いだのかはわからないが、政治における仕組みづくりに関して優れた能力を持っている。

安倍晋三前首相が得意とした政治手法は政治ビジョンを掲げるタイプのもので、メディアは同首相が新しいキャッチフレーズを掲げるとその名称をこぞって報道した。現時点で菅氏のやり方はお世辞にも得意とは言えず、人々の印象に残るようなビジョンを提示するのは不得意に見える。

菅氏の能力は既存の役所の「仕組み」を理解し、縦割り行政や既得権益の問題を打破し、それらを是正できる点にある。官房長官時代に取り組んだ最も印象的な仕事は、各省庁が縦割りで管理していたダム事業を見直し、約50年・5000億円以上かけて建設された八ッ場ダム50個分の治水管理能力を新たに災害対策として使用可能にしたことだ。

霞が関の各省庁はダム1つとっても無駄に自らの縄張りを守ろうとする。彼らは異常気象の多発により全国で水害が発生しても、自らのダム事業の縄張りを守り続け、治水対策のためにダム事業に関する省庁間の連携をまともに取ろうとしてこなかった。これらを是正するため、菅氏は官房長官の強力な権限を用いて霞が関の各省庁の縄張りを壊して相互連携させるという剛腕を振るったのだ。これは行政運営の大きな仕組みの変更であったと言えるだろう。

携帯電話料金の値下げ問題も同様だ。携帯電話料金の値下げには、携帯事業への新規参入を促す必要がある。しかし、総務省から特権を得ながら利益率20%を叩き出す既得権まみれの大手携帯キャリアが牛耳る業界に新規参入の道を開くことは政治的に極めて困難だ。菅氏は総務相経験などで同分野への知見を有するが、それだけで仕組みを変更できるほど生易しい問題ではない。

そのため、菅氏が既得権益を打破するために活用したのが公正取引委員会だ。菅氏が最初に「携帯電話料金の4割削減」を打ち出したのは2018年8月。16年に公正取引委員会が端末・通信のセット販売を前提に「携帯市場は競争が十分に進んでいない」と発言したことを形式上受けたものだ。つまり公正取引委員会という外圧を利用し、総務省と業界の既得権にメスを入れる環境を整えたのだ。

その上で、菅氏は20年9月以降に公正取引委員会委員長として、側近の1人と見なされる古谷一之官房副長官補を配置し、官邸に新たに設置されたデジタル市場競争本部長に自ら就任、業界等の抵抗勢力が巻き返そうとしても梃でも動かない体制を構築した。これは既得権からの反撃を許さず、政策を前に進めるために押さえるべきポイントを熟知した行動だった。