2019年8月、常磐道でのあおり運転をめぐって、「ガラケー女」という言葉がネット上を飛び交った。東京都内に住む30代の女性は、その「ガラケー女」に間違われて、さまざまな誹謗中傷を受けた。不審な着信は300件、メッセージは1000件を超えたという——。

※本稿は、毎日新聞のWEB連載「匿名の刃 SNS暴力考」をまとめ、加筆した、毎日新聞取材班『SNS暴力 なぜ人は匿名の刃を振るうのか』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。

炎上するキーボード
写真=iStock.com/Laspi
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30代女性を襲った、電話とメールの嵐

誹謗中傷の被害者となるのは、著名人だけではない。多くの人がインターネットで広くつながっている時代。誰であっても突然、匿名による卑劣な攻撃にさらされる危険性はある。

「ガラケー女」という言葉が盛んに飛び交う事件があった。

2019年8月、茨城県の常磐自動車道で、後方からあおり運転をした男が、相手の車を停車させ、運転席の男性を殴ってけがをさせた事件だ。男が暴行を加えた際、「ガラパゴス携帯」と呼ばれる折りたたみ式の携帯電話を持つサングラス姿の女性が、笑いながら暴行の様子を撮影していたのだ。「ガラケー女」と名付けられたこの女性の姿を収めた動画がSNSで拡散され、テレビのニュースでも繰り返し報じられた。男の粗暴ぶりもさることながら、男と同乗していた非情な「ガラケー女」にも世間の関心が集まった。

事件から1週間後、お盆の終わりの週末だった。東京都内に住む30代女性は午前6時ごろ、枕元に置いたスマートフォンの着信音で目が覚めた。早朝にもかかわらず、電話とメールが鳴り止まない。寝ぼけ眼で手に取ると、知らない電話番号や番号非通知の着信が大量に表示されていた。その中にあった友人からのメッセージを見ると、「ネットに情報がさらされている」という知らせだった。

「人違い」と発信しても炎上は収まらない

添えられていたアドレスをクリックして、飛び起きた。

あるウェブサイトに自分の名前や顔写真が掲載されていた。〈犯人だ〉という言葉も目に飛び込んできた。女性があおり運転事件の「ガラケー女」だという指摘だった。

全く身に覚えがない。サイトは、事件などに関する情報を集積した「まとめサイト」と呼ばれるブログで、〈捕まえろ〉〈自首しろ〉と責め立てる言葉が並んでいた。

知らせてくれた友人からは、SNSで否定するよう勧められたものの、焦りと混乱で何を書けばいいのか分からない。女性は当時、事件についてあまり関心がなく、サイトで自分の写真と一緒に並べられた加害者の男が誰なのかも分からなかった。

女性が個人経営する会社のウェブサイトが画像として出回っていたため、会社に電話やメールが殺到し、転送先のスマートフォンに届いたのだった。女性のインスタグラムにも「早く自首しろ」などという書き込みが相次いだ。匿名で利用していたにもかかわらず、なぜか女性のアカウントだと特定されていた。人違いだということを発信しても、〈そんなことを投稿する暇があるなら、早く警察に行け〉というコメントがつき、さらに炎上した。やがて〈詐欺師〉〈ブス〉などと、事件とは無関係の中傷も交じるようになった。