「最初は4施設で、研究が進むスピードは非常に遅かった」

――研究をスタートさせるのは大変でしたか?

「臨床試験でも治験でも、今日やると決め、明日から始められるものではありません。国内には臨床研究法というものがあり、その手順に従って手続きを進めなくてはいけないのです。発案してから実際に研究を始められるまで数カ月から半年かかるのが一般的ですが、私たちは大学をあげて準備に取りかかり、発案から10日程度のスピードで最初の患者さんを受け入れました。研究スタッフの間では毎晩午前3時にメールが飛び交う状況でしたね」

――今回の臨床研究の進め方として、日本全国の病院に声をかけ、研究に参加してもいいという病院は登録の手続きを行うんですよね。

「最初は4施設からのスタートで、研究が進むスピードは非常に遅かったです。日本地図を広げ、新型コロナの患者さんを受け入れそうな全国の病院に一件一件、研究へのご協力のお願いをしました。例えば当初は北海道で患者さんが多く発生したので、特に力を入れてアプローチしたのですが、医師も看護師も家に帰らず対応しているような大変なときに、すぐには研究まで請け負えない、という状況でした」

注目を集めた新型コロナ治療薬

立ちはだかる日本の臨床研究の限界

――目標であった「86人」に達するまでの道のりが遠かったですね。

「そうですね。例えばこれが糖尿病やがんなどのような慢性疾患であれば、すでに患者さんは存在しています。しかし新型コロナでは患者が発生する地域も、その数も予測できない中で進めていく難しさ、効率の悪さがありました。

また研究に協力いただいた各医療機関には大変なご負担をおかけしました。新型コロナの患者を受け入れるだけで通常の2倍くらいの業務量になって、さらに研究に参加となると、主治医が患者に研究内容を説明し、患者の同意を得て、毎日その患者からPCR検査などで検体を採取し、体温などの症状のチェックも行い、退院後にはそれらのデータをすべて入力してもらわなくてはいけません。徹夜状態で研究にご協力してくださった先生方もいます。

ですから100人以上まで研究を続けなかったのは、20年5月の連休明けに患者数が大幅に減少したことが大きかったのですが、現場の先生方にこれ以上頼めない、日本の臨床研究の限界を感じたことも大きいです」

――海外ではどのように行われるのでしょうか?

「アメリカは日本と同様に臨床研究にまつわる法規制が厳しく、ある意味“完璧”を目指します。ただし、私もアメリカで臨床研究をしていたのですが、患者さんに研究の同意を得るところまでは主治医が行うものの、それ以降は研究支援を専門にしている担当者や機関が担うのです。ですから今回、医師が新型コロナの対応に追い込まれたとしても、研究が進む。ただし1症例につき、数百万円以上かかります。

イギリスについては報道で見る限りですが、研究内容の精度よりも患者の“数”で勝負する形ですね。日本はどちらかといえばアメリカ型ですが、それだけの人やお金を投入するのは厳しいので、そうなると現場の負担が増してしまいます」