「次は秋ぐらいに“第2波”かなと指摘されていました。秋まで待ったら結果発表は冬になるでしょう。まさかその後あれほど感染者が増えるとは、当時予想できませんでした。皆でどうするかを議論しましたが、私たちの研究は早く始まって早く終了し、だいたいこんな感じですよと発表することが大事と考え、目標を超えた人数で終了することにしました。もちろんその時点で私は研究の結果は知らされていませんでした」

実は、土井教授を中心とした研究グループは、“驚愕のスピード”でアビガンの臨床研究を実施した。この舞台裏に迫ると、日本で感染症に対する臨床研究がスムーズに進まない理由が見えてくる。彼らはどのような困難に直面したのか。詳しく聞いた。

アビガン承認が目的ではなかった

――そもそも、なぜアビガンで研究しようと思われたのでしょうか?

新型コロナウイルス感染症に対する抗ウイルス薬
時事通信フォト=写真

「20年2月頃、中国の武漢が厳しい状態であることが連日報道され、現地ではものすごいスピードでデータを集め臨床研究を行っていました。中国がやるなら、日本でもやらないと、と思ったんです。そして新型コロナの場合、症状が軽い人からでもウイルスが排出されていることがわかり始めた時期でした。爆発的感染を防ぐ1つの方法として、感染がわかった人が抗ウイルス薬を服用することで、感染が拡大するリスクを下げることができるのではないか、と。そこで、少なくともインフルエンザで承認されているし、効果を検討しようとすればすぐ手に入る薬で、備蓄もあるということで、アビガンを使って検証することにしました」

――目的はあくまで感染拡大の防止で、「アビガン承認」ではなかった、と。そして国内でアビガンが注目を集めていない時期から研究のタネを蒔いていた。

「そうです。よく混同されるのですが、私たちが行ったのは『治験』ではなく『臨床研究』。治験は、基本的に製薬会社が医薬品の承認を得るために行うもの。私たちが始めた数週間後に富士フイルム富山化学がアビガンの企業治験をスタートさせました。けれど私たちは『比較的元気な人からのウイルス排出を抑えられないか』というのがそもそもの出発点。

どちらが良い悪いではなく、治験と臨床研究は出自も内容も目的も違う視点なのです。私たちが臨床研究を始めた頃は、そこまで期待を背負っていませんでした(笑)。ただ、そのように誰からも注目されていない、かなり早い時期から研究の準備を進めた甲斐があり、第1波がきたときにスムーズに症例(患者)を集めることができました」