やっぱり50歳までは現役でいたかった

翌日、私は監督と球団代表に引退の意思を伝え、その年で引退となった。

個人の活躍の前にチームの勝利が絶対だ。それを忘れたら終わりである。

それにしても、50歳までは現役でいたかったなぁ。

後に続く選手たちのために、「頑張ればあの年齢までできるんだ」「俺もまだまだやれるぞ」という指標になりたかった。

試合ごとに万全の準備をして結果を出し、ケガをせず、常に勉強熱心にして練習を怠らない。その姿勢があれば、プロ野球選手は長く続けられるものだと身をもって証明したかった。

ただ、ベテラン選手がいつまでも現役でいいのか、という議論もある。新陳代謝がはかられないと、若手の成長も鈍くなる。

キャッチャーなどはそれこそ経験が重要になってくるポジションだ。大ベテランのキャッチャーがずっと一軍でマスクをかぶっていたら、次の世代を担う若手キャッチャーの育成が難しくなる。試合には勝たなければいけないが、若手に経験を積ませることも不可欠だ。この按配がなかなか難しい。

ベテランキャッチャーが引退した途端、弱くなるチームではいけない。世代交代をいかにスムーズに進めていくか、チーム全体の采配がものを言うだろう。

学生も社会人も、試合はなんでも見ている

現役を退いてから39年、監督業を終えてから10年が過ぎた。プロ野球の現場からは離れたわけだが、解説や評論の仕事は続けているので、野球との関わりがなくなったわけではない。

球場に足を運んで観戦するのは、年齢的にも体力的にも難しくなっているが、テレビ観戦は欠かさない。プロの試合はもちろん、甲子園などの学生野球も社会人野球も、野球の試合であれば何でも見ている。

試合を見ながら、「そんな配球じゃいかん」「ここはストレートやろ」「キャッチャーは何をしとるんじゃ?」と、ひとりで采配についてあれこれボヤいていることは珍しくない。そういう意味では、数多くの野球ファンと変わらないかもしれん。