「使っているのを忘れてしまうほど違和感がない」

そして公式戦でも前述の通り、田中はここまで素晴らしいパフォーマンスを見せている。

「彼からは『使っているのを忘れてしまうほど違和感がないので、ピッチングに集中できる』とのメッセージが届きました。プロテクターは頭蓋骨と野球帽の曲線に合わせた形状に設計されている上、非常に薄く作られているからこその感想だと思います。開発時の我々の目標は、装着したピッチャー自身にプロテクターの存在を忘れさせるだけでなく、試合を見ている方々にも、そのピッチャーが頭部に何の防具もつけていないと受け取ってもらえる見映えにしたい、というものだったんです」

つまり、かつての“マリオ帽”のように着用した投手を不恰好に見せたりはしない、という信念のもとに作られているのだ。

と同時にもちろん、抜群の機能性も持ちあわせている。

『プロX ヘッドガード・フォー・ピッチャーズ』はちょうど片側の側頭部をカバーできる大きさの湾曲した約19cm×10cmの楕円形状で、重さはわずか50グラムあまり。本体は強度と軽量性を兼ね備えたカーボンファイバーと防弾チョッキにも使われているケブラー繊維の複合素材で作られていて、さらに頭部との接触面には衝撃吸収と快適な装着感のため、ポリウレタンのクッションパッドが圧着されている。

投手用プロテクター『プロX ヘッドガード・フォー・ピッチャーズ』
投手用プロテクター『プロX ヘッドガード・フォー・ピッチャーズ』

加速度計を用いた試験では時速96キロから149キロの硬球が頭部を直撃した際、プロテクター非装着時と比較して、いずれも衝撃を50%低減する結果が得られたという。

このプロテクターを右投手なら自身の右腕側の帽子の内側に、マジックテープで固定すれば取り付け完了だ。約5mmという薄さゆえ、普段使っているサイズの野球帽にそのまま装着できる。

マイヤー氏の高校時代の野球部の後輩であり、MLBで初めてSST社のプロテクターのユーザーとなったコリン・マクヒュー投手(現レッドソックス)の動画。帽子の内側にプロテクターを装着する様子は動画の50秒頃からはじまる

片側の側頭部しか保護しない理由

ここで、ひとつの疑問が湧く野球ファンもいるかもしれない。なぜ片側の側頭部しか保護しないのかと。それには、明確な理由がある。

「ピッチング時の身体の動きを思い浮かべてみてください。右腕投手は投球直後、ホームベースに対して右の側頭部を向けています。つまり前頭部の真ん中から左側頭部へかけての箇所に、打者の弾丸ライナーが直撃する可能性はほぼありません。ですからプロテクターで保護するのは、右腕投手なら右側頭部、逆にサウスポーなら左側頭部だけでいいのです」

子供の頃からピッチャーとして野球に熱中してきたマイヤー氏。投手用頭部プロテクターのアイデアが浮かんだのは、わずか14歳の時だったという。

「ある公式戦で相手バッターのライナー打球が私の踵に当たり、跳ね上がったボールが顔を直撃したため、グラウンド上で数分のびてしまったことがありました。ラッキーなことに大事には至らず、試合に出続けることができたのですが、その一件以来、投手用の防具を製品化できないかと考えるようになったのです。私は高校時代までピッチャーを続けましたけれども、当時すでにアメリカでは、打撃時のヘルメットのような投手用プロテクターが何種類か出回っていました。ですがそれらはいずれもかっこ悪い上に重く、着用するには精神的にも肉体的にも苦痛な代物でした。しかも、ピッチング時の身体の動きにまで悪影響を与えてしまいます。そこで私は、野球帽の内側へ装着する方式のプロテクターを作るしかない、という結論にたどり着いたのです」