マーケティング戦略を無視して機能美を追求する

Onは「ランニングを楽しくする」ことを目指して、シューズ製作の経験がない3人のスイス人が設立した。ブランド名には、「シューズを履くと自分のスイッチが入る」という思いが込められており、ロゴはスイッチをイメージ。シューズ作りの素人で、こうあるべきという固定観念がなかったことが新たなイノベーションにつながっていく。

半分に切った水巻ホースをソールに貼ったものが、世界特許技術の「CloudTec」(クラウドテック)になった。ホースがつぶれてクッションになり、元の形に戻ることで反発力を生むというシステムだ。

クラウドテックはオンのほとんどのシューズに採用されており、その独特なクッション性と反発性により“雲の上の走り”を多くのランナーにもたらしてきた。

On(オン)の「クラウドブーム(Cloudboom)」
写真提供=オン・ジャパン
On(オン)の「クラウドブーム(Cloudboom)」

メーカーは1年ごとにモデルをバージョンアップしていくことが多いが、オンの場合は少し異なる。2012年に登場した「Cloud」(クラウド)は機能的に一度アップデートされているとはいえ、デザイン的にはほとんど変わらない。そして現在でも高い人気を誇っているのだ。

それでいてクラウドはメンズだけで8カラーもある。パッキリした色は少なく、どちらかというと渋めの色が多いのも特徴。大人のカラーリングといえるかもしれない。

Onの広報担当者は、「納得するまで時間をかけて開発しているので、毎年のようにアップデートすることはありません。1~2年履いてボロボロになっても、また同じ型のシューズを買うことができます」と話す。その結果、クラウドは世界で数百万人のランナーが着用するベストセラーになった。

SNSの口コミ効果で世界中のランナーの熱狂的支持を集めた

筆者は黒色のクラウドを持っている。個人的な感想を言うと、最近はナイキの厚底シューズを履くことが多いこともあり、ソールが少し硬いかなという印象を持っていた。しかし、これは気持ちよく走ることができるだけでなく、街履き用として非常に重宝している。

ミニマルでクール。オンの人気を考えるうで、デザインの秀逸さが挙げられる。余計な装飾を排除して、機能美を追求。いつしか「シューズ界のアップル」と呼ばれるようになった。

近年は、「JW ANDERSON」と「LOEWE」を率いるデザイナー、ジョナサン・アンダーソンが愛用しており、ファッション業界でも脚光を集めている。

ビジネス戦略も非常にユニークだ。すでにデジタル化した時代を踏まえて、広告でブランドの知名度を上げるのではなく、「プロダクトがいかに優れているか」を重要視。「実際に製品を使ってもらってファンを増やす」という口コミ効果に注力した。

そのためにイベントを多く開催して、SNSの交流も活発に行ってきた。それにより熱狂的なファンが根付き、彼らを中心に多くの顧客を呼び込むことに成功したわけだ。