1000回も負けても信仰を貫いた

加藤は、キリスト教の聖地巡礼で1度も将棋道具を持参したことがないという。

「84年には夫婦で巡礼に行き、帰国後王位のタイトルを獲りました。中には、“聖書さえ読めばイエス様がわかる”と豪語する偉い人もいますけどね、やっぱり現地に行くと百聞は一見にしかずというのは必ずありますよ。イスラエルに行くと精神が活性化されるというか。オリーブ山から聖地エルサレムを見て、私は人生で一番深い感動を覚えました」

加藤は自他共に認めるクラシック音楽愛好家だ。そして、プロ棋士が必ず観る映画が天才モーツァルトと凡人サリエリの相克を描いた『アマデウス』である。

「5回見ましたよ。私が一番感動したのはね、皇帝の御前演奏、野外演奏会でですね、モーツァルトがピアノを弾いて夫人がいかにも幸せそうに聴く場面ですね。あれが彼にとって公私ともに絶頂期だったのかなと。そのときに流れたのがピアノ協奏曲の第22番なんですよ。英雄の変ホ長調というらしいのですが、NHKの『N響アワー』で作曲家の池辺晋一郎先生にその話をしたら、“あれを好きという人ははっきり言って変人です”と言われましたよ」

今さら加藤一二三が変人であることを否定する必要もあるまい。棋士としての役割を終えた加藤が、今や『ひふみん』として知らぬ者がいない存在になったのは言うまでもない。

「こういう取材がない日も、若手有力棋士のものを中心に将棋の研究を続けていますよ。藤井聡太さんの将棋の解説などを依頼されますからね。私は史上初めて1000回負けました。それまでの人は、これだけの回数負ける前に棋士生命が尽きてしまうんですよ。一回名人になれて、1000回負けるまで将棋と信仰を貫けたことが1つの誇りですね」

神武以来の天才でさえ、「安易」な時期があったが、遠回りの末、頂点にたどり着き、1000回負けるまで天職を全うした。

加藤一二三(かとう・ひふみ)
将棋棋士
1940年1月1日生まれ、福岡県出身。神武以来の天才と称され、最高齢勝利記録・史上最多対局数・史上最多敗北数など「誰にも破ることができない」と評される偉業を成し遂げている。
(撮影=永井 浩)
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