現場の経営感覚を反映した研究書
アメリカの東海岸に端を発したFT、つまりフィナンシャル・テクノロジー。
ご存じのとおり、現在、それが貪欲な側面を露骨に示し、実体経済にも予想以上の影響を及ぼしています。この現象が顕著になるまでは、FTに支えられたアメリカ経済の問題点をほとんど誰も指摘していませんでした。
私が社長に就任したのは2002年春のことですが、その前後は、アメリカの西海岸を中心としてFTならぬITにあらずば事業にあらずといった空気が世界中に広がっていました。
経済にかぎらず世の中の動きにはジャーナリスティックに報道される表層の流れと、それとは異なる本質的で根幹的な部分を成す底流とがあります。私が常々経営者として見失ってはならないと考えているのは、その底流のほうです。
社長に就任以来、私はジャスト・イン・タイム活動に取り組むなど三菱電機の進むべき道を模索し続けていましたが、そんな時期に出合ったのが『日本の優秀企業研究』でした。03年刊行の本で、書店で偶然見つけた一冊ですが、この本は日本企業のあり方、とくに製造業について一つの道を指し示しています。
著者は経済産業省経済産業政策局産業組織課長の新原浩朗氏。同書は、優秀企業とそうでない企業とを分けるものは何かと探究し、6つの条件を提示したものですが、中身はきわめて具体的です。
著者自身が本の中で語っているように数多くの経営者とのインタビューおよび議論を重ね、「地べたを這うようにして調査し」「ひたすら事実から結論を導く帰納法的な方法に徹して」書かれた「現場の経営感覚を反映した研究書」です。
刊行から5年以上が経ち、また現下の急激な経済変化の中で、やや古くなった部分もありますが、大変参考になる本です。同書では、トヨタ、キヤノンなど大型企業だけでなく、モーター専業で世界企業となっているマブチモーターや、自転車部品メーカーとして優れた国際競争力を誇るシマノなども採り上げられています。
これら特色ある企業が、自社の得意な領域に経営資源を集中することで世界トップシェアを誇り、事業コンセプトから外れる分野に多角化しない姿勢を、信念を持って貫いていること……等々を読み、私は、社長として当時進めていた路線に対して「ああ、これでいいのだな」と背中を押されるような思いがありました。
半導体不況等で業績悪化した会社を立て直すのが課題となっていた中で、私は「強いものを、より強く」を経営戦略の基本として打ち出していたからです。