価値観ほぐしのコツ①ゆっくり、繰り返し変えていく

定年という大きなターニングポイントを、人生をがらりと切り替える転換の時期、とばかりに急ハンドルを切ろうとする人がいます。起業する、引っ越す、身体負荷の強いことにチャレンジする、しかも準備もなしに。これは厳しい。

なぜなら、50代以降は、「環境変化」だけで、大きなストレスとなるからです。

若い頃は、引っ越しをするのも楽しい。新しい家で生活したりいろいろな人と知り合えたりすることにワクワクしたりします。でも、今はどうでしょう、引っ越しをしようとすると、手続き、荷造り、荷ほどき、新生活を軌道に乗せるまでのあれこれを想像するだけで、疲れます。これからの人生では「変わることはストレス」なのです。

抑圧というストレスから解放され、通勤からマイペースな生活になるという「楽になる変化」ですらストレスになります。私自身、56歳で退職してからしばらくして、講演中に突然、声が出なくなるなどの喉の不調に見舞われました。「楽になる変化なんだから、退職後の生活にすぐに適応できるに違いない」と思っていましたが、甘かったのです。結局、喉の不調が治るまで半年ほどかかりました。

ゆっくり、じっくり、価値観をほぐしていこう、と思ってください。直面する出来事に対して、対処のやり方を変えてみる。本当に自分の価値観が変わったなぁ、としみじみ思えるようになるまでには、数年はかかるでしょう。

一説では何かを習得するのに1万時間は必要

人が、初めて取り組むものに対して「習得できた」と思えるまでには、1万時間が必要だ、という考えがあります。これは、米国のマルコム・グラッドウェル氏が著書『天才! 成功する人々の法則(原題:Outliers)』(勝間和代訳、講談社)の中で「世界レベルの技術に達するにはどんな分野でも、一万時間の練習が必要だということだ」と述べたもの。

あなたの今ある価値観も、子どもの頃からそれこそ1万時間以上かけて培い、あなたを支えてきたものです。それを揺さぶり、ほぐすには、繰り返しの練習が必要になります。ちなみに退職後の自由時間は8万時間ほどあるそうです。繰り返し練習さえすれば、これから8個も新しいことをプロレベルまで高められる可能性があるのです。

仏教の読経も、繰り返しのたまものです。修行では1日3回は読経の時間を持ち、何回も何回も繰り返し、お経を読むそうです。「般若心経」の色即是空(目に見えるものは変わらないようで変わり続ける)、空即是色(変わり続けるものは、確かに存在しているものである)──人は歳をとり病気にかかって死んでいくけれど、生まれてから現在までの自分はどれも自分で、死んでしまっても自分であることに変わりはない、と説く言葉ですが、一回聞いて「ほう」と思っても、価値観は変わりませんよね。やはり病気や死は怖いままです。しかし、お坊さんは、何千回も、何万回も唱えることによってようやくその考えを、しみ込ませることができるのです。

価値観ほぐしは、試験を受ける前に、単語を丸暗記するのとはわけが違います。平穏に暮らしていて、不意に何かが起こったときに瞬時に判断するものさしになるのが、価値観。心の根底にある「構え」のようなものですから、根付かせ、使えるようになるまでには時間がかかります。

ゆっくりとハンドルを切り、繰り返し練習しましょう。今から始めれば、時間は十分にあります。