株主への過剰支払いで破綻相次いだ生保業界
その典型が、今回の危機で問題となった年金負債の増殖である。年金は将来の負債である。しかし、将来の潤沢な年金を約束することによって、組合との賃金交渉で労働者側の譲歩を引き出すことができる。そうすると、短期的にはより多くの利益を上げて配当を増やすことができる。長期の健全性を犠牲にして短期の利益が追求されるというモラルハザードが起こるのである。
有限責任制がもたらすこのような欠陥はたびたび企業経営をゆがめてしまっている。日本でも有限責任がモラルハザードを起こしたことがある。明治の終わりから、大正、さらには昭和の初めにかけての時代である。高橋亀吉は『株式会社亡国論』でこの問題を指摘し、経営者や大株主は無限責任を負うべきであると主張をした。
この時期のモラルハザードがとくに深刻な問題を生み出したのは生命保険業界である。生命保険も年金と同じく将来の不確実な支払いである。その支払いに備えて資金を留保しておかなければならないのに、株主に過剰な支払いを行って破綻する例が相次いだ。それに備えるために、生命保険業法が改定され相互会社という制度が導入されたのである。
このような株主のモラルハザードのリスクをいち早く指摘したのはアダム・スミスである。このような欠陥を持つ株式会社はあまり広めないほうがよいと彼は言っている。
彼の警鐘にもかかわらず、株式会社が普及したのは、株主のモラルハザードを抑えるためのさまざまな工夫が行われたからである。実際に、株主のモラルハザードを抑えることはいつの時代でも健全な企業経営のためには不可欠であった。