一回一回の体験が「固有」になる

【宇野】たとえば、ドッグイヤーとか言うじゃない? 東京やロンドンのような都市部の情報産業に勤めている人間と、ラストベルトの自動車工の人では全然別の時間感覚を生きていると思うんだよ。だからこそ、時間感覚に介入しないと境界線はなくならない。これはかなり本質的な変化だと思う。

【猪子】なるほど。

©teamLab
『光の森の3Dボルダリング』

【宇野】時間はコピー不可能なんだよね。『モナ・リザ』という作品を何回も観たい人はいると思うけど、極端なことを言うと、もし記憶が永遠に続くなら一回観れば十分なわけじゃない? でも、チームラボの今回の展示って、時間感覚によって作品が変化するから、一回一回の体験が固有なものになる。

すでに理論上、我々は人間の網膜の認識よりも解像度の高い映像をつくることができる。この流れは複製技術ができた時点から始まっていたと思うんだけど、そうなったらますます美しい写真や映像のような、情報に還元できるものは希少価値を帯びなくなってくる。こんなことを言うと怒られるけど、僕らはもう『モナ・リザ』の現物とほとんど変わらないモノを、簡単に手に入れられるようになる。そうしたときに、モノの持つアウラみたいなものは、ほとんど意味がなくなるんだろうと思う。だから、チームラボが時間感覚に介入しようとしているのは、すごく重要なことだと思うよ。

身体で世界をとらえ、立体的に考える

【宇野】2018年にパリのラ・ヴィレットで開かれた大規模展覧会「teamLab:Au-delà des limites」で、「エキシビション」と「アトリエ」との間の境界線が曖昧になっているように、お台場の「ボーダレス」も、作品ごとの境界線だけではなく、比較的大人向けの展示と子どもたちも一緒に楽しめるアスレチック的な展示が中でつながっているわけだよね。

©teamLab
パリでの2008年の展覧会「teamLab:Au-delà des limites」より、『フラワーズ ボミング』

【猪子】これ(「チームラボアスレチックス 運動の森」)は「身体で世界をとらえ、そして立体的に考える」というコンセプトのフロアなんだよ。「身体的知」についての考えをすすめたものと言っていいかもしれない。

なかでも最近は「空間認識力」に興味があるんだ。実際、イノベーションやクリエイティビティと、この力が密接に関係していると言われているんだよね。でさ、森とか山とかの自然って、極めて複雑で立体的な空間をしているわけだよ。

【宇野】世界は人間の意識でつくったもの以外、すべて立体的なはずだからね。

【猪子】そう。だから都市空間は平面的すぎるし、紙もテレビもスマートフォンも平面だよね。そんなふうに頭だけで世界を平面的に認識しているうちに、平面的な思考が蔓延している。