日本はずっと「ワンチーム」だった

ここで仮説を述べてみたいと思います。

「ワンチームという流行語が今年流行はやったのではなく、日本という国がそもそもワンチームではなかったのか」と。

すべて難局を「ワンチーム」で乗り切ってきたのがこの国なのかもしれません。天変地異が毎年発生する国に生きているとワンチームにならざるを得なかったのが本音でしょう。まして稲作が中心の農業国でもあります。そもそもの用水路を作るにあたってはワンチームで協力し合うのが前提ですし、いざ田んぼが整ったら草取りからはじまり、田植え、稲刈りと一人ひとりの力を合わせてゆくのに慣れた国民性だったはずです。

江戸時代までのかような精神性は一気に工業化を促すことになった明治維新以降にも威力を発揮します。国を挙げてのワンチーム化は、軍国化にも役立ちました。旗さえ振れば脇目も振らずに一心不乱についてくるのですから、為政者側としてはある意味ワンチームというのは扱いやすさをも意味します。政治家としては処理しやすい対象のはずだったのでしょう。

師匠の談志は生前よくいっていました。「四方が海で囲まれた国の統治なんて、地続きでのべつ領土問題でめている国に比べたら屁みたいなもんだ。極論すれば、政治とか外交は無視しても経済のみに明け暮れていればいいのだから」と。

幾分皮肉めきますがかような地勢上の特性が、政治家を世襲制に落ち着かせ、その反動も含めて経営者サイドは競争力を磨いてゆくことになったのかもしれません。政治よりも経済、かつて「エコノミックアニマル」といわれた所以ゆえんがそこにあります。

そだねー、忖度の意外な共通点

結果としてその踏ん張りが、明治維新から100年しか経たない1968年に、敗戦という憂き目を食らいながらも世界第3位の工業生産国にまで日本を押し上げたのでしょう。

有史以来のワンチームだったのが日本の実体で、それをラグビーというスポーツがたまたま象徴し、さらにはブームとともに具現化したのが今年の流行語大賞になったのではと推察します。影だった存在が光を当てられ表に出てきたような格好でしょうか。

そう考えると、もしかしたら、毎年行われる「流行語大賞」とは、もともと日本人があたり前のように持っていた精神性をその年の流行りとともに記号化させたものなのかもしれません。「不易流行」はここにあったのです。

ちなみに昨年2018年の流行語大賞は、「そだねー」でした。ご存じのとおり2018年平昌オリンピックで大活躍したカーリング女子日本代表チームの選手の会話から広まった言葉でした。そしてさらに、2017年の流行語大賞はと思い調べてみましたら、「インスタ映え」と「忖度そんたく」でした。

ワンチーム、そだねー、インスタ映え、忖度。

おお、いま気づきました!

ここ3年の流行語大賞に通底するものから、日本人の普遍性という不易の部分を抽出するならば、「他者への気遣い」ではないでしょうか。