「充実した医療体制」への甘え?

がん患者の5年生存率に代表される日本の医療水準の高さは、世界的に知られています。しかも日本は、病気になったときに患者が支払う医療費の安さ、受診したり治療を受けたりする場合の医療機関へのアクセスのよさでも極めて高い水準にあり、WHOの調査でも、世界的な医学誌の評価でも、常に世界トップクラスの医療体制と評価されています。しかし肝心の日本人は、その事実をわかっていません。

先に日本のがん検診の受診率が40%で、アメリカはその倍の80%とお話ししました。なぜアメリカでそんなにがん検診の受診率が高いのでしょうか? アメリカでは医療費の個人負担額が驚くほど高いことが、その理由の一つだと思います。

アメリカでは高額の医療費請求による「医療破産(medical bankruptcy)」が社会問題になっており、2019年に米国公衆衛生学会が発行する学術誌に掲載された研究論文では、アメリカ人の個人破産の66.5%が医療に関連していたとしています(*2)。がんと診断された患者の42%は2年以内に資産を使い果たす、という報告もあります(*3)

日本で標準的に行われている膵臓すいぞうがんや肺がんの治療、心筋梗塞での急性期の集中治療室(ICU)の長期入院などは、同じ治療をアメリカでやったら、健康保険のカバーが不十分な中産階級以下の家庭なら、確実に破産してしまうような金額を請求されます。

自分の健康に無頓着にならないで

僕は以前、ロサンゼルスで腫瘍医として勤務していたことがあるのですが、女性たちがなぜかしょっちゅう自分の胸を触っていることに気づきました。「何をしているんだろう」と思っていたのですが、実は彼女たちは、乳房にしこりがないかを触って確かめていたのです。病院の女性看護師などは毎日の習慣のようにそうやって乳がんのチェックをしていて、僕も「先生、ここにしこりがあるように思うのですが」などと相談されたことがあります。

日本人は全員が医療保険に加入しているし、高額療養費制度で治療費が一定額を超えたときはその分の支給を受けられます。しかし治療費を気にしないですむ結果、日本人が自分の健康状態に無頓着になり、それが検診率の低下につながっているとしたら、あまりにも皮肉な話です。進行して自覚症状が出てから病院に行くのでは、社会の医療費負担は増え、本人が助かる確率も低くなってしまいます。

(*1)国立がん研究センター「がん診療連携拠点病院等院内がん登録生存率集計」2019年12月14日
(*2)Adrienne M. Gilligan, David S. Alberts, Denise J. Roe, Grant H. Skrepnek, Death or Debt? National Estimates of Financial Toxicity in Persons with Newly-Diagnosed Cancer The American Journal of Medicine October 2018, Volume 131, Issue 10, Pages 1187–1199.e5
(*3)David U. Himmelstein, Robert M. Lawless, Deborah Thorne, Pamela Foohey, Steffie Woolhandler, Medical Bankruptcy: Still Common Despite the Affordable Care Act, American Journal of Public Health 109, no. 3 (March 1, 2019): pp. 431-433.

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