「行った人でないとわからない体験」を言語化する

《秋山さんが日本人で最初に宇宙に行くというニュースは記憶に残っています。確か僕は10歳の小学生で、宇宙から見た地球について「美しく、かけがえなのないものがある」とレポートしていたのが印象的でした。

今振り返ると、テレビ局所属のプロのジャーナリストが宇宙に飛んでレポートをしたというのは、世界の有人宇宙飛行の歴史でも非常に珍しいケースなんです。秋山さんが本当に伝えたかった地球の美しさは、テレビの中継レポートから伝わったとは思えなかったんですよね。》

稲泉がこだわったのは「行った人でないとわからない体験」の言語化だ。秋山を筆頭に、12人の宇宙飛行士はマスメディアで大量のインタビューを受けており、自著を書いた人も多い。

「作家や芸術家を宇宙に連れていきたい」と話すワケ

《彼らからよく聞いたのは、例えば宇宙から地球を見たときの感情は言葉にできないというものでした。中には作家や芸術家を宇宙に連れて行って表現してほしいという人もいましたね。でも、こちらはそれを言葉にしてもらわないといけない。

稲泉連『宇宙から帰ってきた日本人 日本人宇宙飛行士全12人の証言』(文藝春秋)

ノンフィクションとは、行った人、やった人でないとわからない感覚を言語化していくジャンルでもあると思います。彼らの多くは、バックグラウンドがエンジニアや医師ですから、表現に慣れている職業ではない。なので、インタビュー中もかなり悩みながら、言葉にしていました。

そもそも、宇宙飛行士同士でも「宇宙に行った経験とは何だったか」をじっくり振り返ることはないと言います。「宇宙に行って、何を感じたのか」とはよく聞かれるけれど、「あの経験は一体何だったのか?」を時間をかけて話すことはないのだと。

だから「ほかの宇宙飛行士はどう答えているかを知りたい」と何人かに聞かれたのが印象に残っています。彼らが聞けないのは「仕事」だからだと思うんです。同じ職場の人、職場仲間にあらためて聞く話ではないという意識があるのでしょう。》

今回、稲泉の著作を読むにあたり、登場する宇宙飛行士の自著も何冊か読んでみた。そこで気がつくのは、自身で書いたものとは違う視点、違う角度から新しい言葉が出てきているということだ。