受験生には「対話力」を求め、自分たちは「対話拒否」

少数派の意見にあまり耳を傾けない、といった姿勢は「政治家あるある」であり、今回の柴山氏のような対応も特に珍しいわけではありません。しかし、文科相と文科省がそうした姿勢であることは決して看過できるものではありません。

なぜか。

文科相と文科省は今、「対話」の重要性を現在の高校2年生以下の子供たちに強く求めようとしているからです。2020年度に始まる大学入学共通テストは現在のセンター試験に代わる仕組みで、その柱のひとつが「対話」の重視です。

対話を重視する具体的な教育手法の例として挙げられるのが、アクティブ・ラーニング(以下、ALと表記)です。ALとは、「先生の話を受動的に聞くのではなく、問題に対して、生徒が自分で考えたことをアウトプットするスタイルの授業」。そこでの代表的な方法が、「生徒たちが自らの意見を発表、交換し合い、議論を重ねていく」というものです。

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前文科相はなぜ「対話的な学び」をしないのか

当初、こうしたALのような学習スタイルに異論を唱える教育関係者は少なくありませんでした。僕もそうです。「そんな勉強やって、何か意味あるの?」と。しかし、僕の出講する予備校でAL型授業を導入してみると「これはアリ! 大いにアリ!」と確信したのです。

僕の指導科目は現代文ですが、この科目においては、「自分がある出題に関してひとつの答えを選び、あるいは作成した理由をしっかりと説明できるようになる」ことが重要なポイントとなります。

AL型授業(5日間完結)の現代文講座では、初日はいい加減な解き方しかできていなかった生徒が、最終日の段階ではそれができるようになったのです。何より目を見張ったのは、「予習の質の格段の向上」でした。初日の予習ではただ単に解いてきただけの生徒が、2日目、3日目あたりから、「自分の解答プロセスをノートにまとめてくる」といった作業ができるようになりました。しかもかなりの精度で。

これらの成果は、間違いなく「対話的な学び」がもたらしたものでしょう。