心身が弱った親をほったらかし、介護放棄する薄情な息子

やはり、ひきこもりということはどこか後ろめたく、他人には明らかにできない意識があるのでしょう。

「ただ、前もって言っておきたいことがあります。悲惨な事件がたて続けにあったせいか、ひきこもりの人に対する世間の目は厳しくなったような気がします。コミュニケーション能力に欠けるとか、社会に適合できないとか。それにはとどまらず犯罪者予備軍のように見る人もいる。でも、私が見てきた人には普通に対話ができ、親御さんにも愛情を持って懸命に介護している方もたくさんいました。だから、ひきこもっている人を偏見の目で見てほしくないと思います」

とはいえ、Tさんは次のようなことも語りました。

「利用者さんが十分な介護サービスを受けられないとか虐待を受けているといったケアマネジャーが頭を悩ます、いわゆる困難事例は、ひきこもりの人が介護の担い手になっているケースの方が多いことは確かです」

話を聞いた事業所には、この時、Tさん以外に2人のケアマネジャーSさん、Mさんがいましたが、その2人とも、その意見にうなずいていました。そこで3人に、「ひきこもりの人が介護の担い手になっている」家庭で、利用者が十分な介護サービスを受けているケースと、受けられず過酷な状況に置かれているケースの割合を聞いてみました。

その答えは「7対3くらい」。ひきこもりの人も7割ぐらいは、自分なりに頑張って介護をしているようです。では、残りの問題のある3割とは、どのような家庭なのでしょうか。

「ほとんどが一人っ子の男性ですね。女性にも仕事をしておらず、状況的にひきこもりといえそうな方はいますが、親御さんの介護はそれなりにされます。また、男性でも兄弟がいれば兄弟間のチェック機能によって介護放棄といったひどい状況にはなりづらいものです。しかし、介護を子である男性ひとりが担う状況の場合は困難事例になるケースが多いです」(Tさん)

親の介護にカネをかけず、自分のために使ってしまう

具体的にはどのようなものなのでしょうか。Sさんはこう言います。

「ほとんどがお金絡みの問題です。ひきこもりの人は無収入ですから、親御さんの蓄えや年金によって生きているわけです。親御さんが元気なうちは、その管理を親御さんがしていますが、要介護になって銀行に行けなくなったり認知症の症状が出たりということになれば、財布は息子の手に移る。そうなるとお金は親御さんの介護サービスにではなく、自分のために使う搾取が始まるわけです」

※写真はイメージです(写真=iStock.com/BBuilder)

介護保険による介護サービスの利用者負担は現状では、原則1割。親御さんの要介護度や状態によって負担率は異なりますが、在宅介護にかかる費用は平均すると月額3万円前後といわれています。オムツ交換や生活援助のホームヘルパーに来てもらったり、昼食や入浴のサービスが受けられるデイサービスを利用したりして、そのサービス料が実質30万円かかったとしても負担は3万円で済むわけです。

どんな介護サービスを受けられるかはケアマネジャーが決めます。利用者本人の心身の状態を見た上で、必要と思われるものを組み込んだケアプランを作成し、ご本人や家族(子)の了解を得てサービス提供が開始されます。しかし、ひきこもりの息子が介護する場合、こうした介護サービスに出費するより自分自身のために使いたいと思う人が少なくないのだそうです。Mさんが語ります。

「たとえば入浴サービスです。要介護度が重くなって、自宅での入浴が難しくなった方も、1日おきぐらいには温かい湯に入って体を洗ってもらって、サッパリしたいと思うんです。それによってリラックスしたり血流が良くなったりすることで体の状態が好転する可能性もある。そこで、私たちケアマネは訪問入浴サービスやデイサービスを組んだプランを考えるわけですが、息子の方は、そんなことにお金を使いたくない。『親の体は自分が濡れタオルで拭くから、ケアプランから外してくれ』などと言って拒絶するんです」

このように介護の専門家であるケアマネジャーが必要と考えたサービスをどんどん削っていく。受け入れるのは最低限の介護用ベッドのレンタル代だけ、というケースもあるそうです。

「サービスを断る分、自分でケアをすれば問題はないのですが、とてもやっているとは思えない。体を拭くのはごくたまにという感じですし、オムツ交換もせいぜい1日に1回という人が多い。ほとんど介護放棄状態といっていい。親御さんは劣悪な状況に置かれているわけです」(Tさん)