もう1つは、建築上の教訓。被災地を見て回ると、1階部分に駐車場スペースがあって下駄を履いたような形の、いわゆるピロティ式の建物が軒並みお辞儀をするように倒壊していた。ピロティ式の構造物は都内にもたくさんあって、耐震補強もされないまま放置されている。もちろん在来工法の住宅の多くが倒壊した。
喉元過ぎれば熱さ忘れるというが、行政も東京の住人も、自分たちがどれだけ危うい地盤の上、建物の中で暮らしているかを忘れている。太田道灌以来ともいうべき東京の街づくりに、阪神淡路大震災の教訓を生かさない手はない。死なない街づくりの優先度を高めるべきだ。
軟弱地盤の土地改良から始めて、共同溝をつくって電線やブロードバンドなどのライフラインはすべて埋設する。あわせて食糧備蓄庫や非常用電源セットも区画ごとに完備する。ボストンのように地下に高速道路を通してもいい。そうすれば消防車が通れる道幅も、駐車場スペースも十分確保できる。
これらをやろうとしたときの財源は、国内に十分ある。今は郵貯に400兆円、銀行の定期預金にも240兆円もの金融資産があり、国債を買うような眠たい運用に回っている。都市再生債、東京再生債のような債券を発行し、協力して債券を買ってくれた人には地方税の一部を免除すればいい。年4~5%の利回りは楽に見込めるはずだ。
アメリカのように世界中から借金しなくても、中国のように農民を騙して土地をふんだくらなくても、日本は原資とニーズが国内に十分にある。足りないのは、意思とビジョンだけなのだ。
乱開発を認めるビジョンなき行政
20年、30年の大都市ビジョンというものを明確に持って、都市計画を策定することが大切。だが現状は、地上げができたところから、われ先にとマンションが建設されている。
このやり方では早晩壁にぶつかる。そのいい例が、東京・中央区だ。今、中央区は日本一人口増加の激しい町になっていて、定住人口の回復を重点施策に掲げてきた矢田美英区長は胸を張っている。実際はマンション建設ラッシュで住民が増えただけのことだが、逆に子供が増えすぎて、統廃合を進めてきた学校が足りなくなるという問題が起きている。
私が小学生だった時代は戦災のため校舎が足らず、午前組と午後組で生徒を入れ替える二部授業が行われたが、中央区の小学校でも二部授業にせざるをえないところまできているという。子供を持つ家族の流入につながるのを嫌がって、今や中央区では分譲マンションの建築を抑制することを検討しているという。賃貸ならいい、という理屈だ。