この3月18日、NHKの人気番組『その時歴史が動いた』が9年間の歴史を刻み幕を下ろした。2000年3月の第1回から最終回まで、キャスターの松平定知さんが一度も休むことなく伝えた「歴史的瞬間」は355にのぼる。そこに登場した人物から最も魅力的な7人の「ナンバー2」を切り出し、その生き方をたどったのが本書である。カリスマリーダーの陰にあって、ナンバーワンをつくり支える人たちがいたからこそ歴史を動かすことができたと感じたからだ。

<strong>松平定知</strong>●まつだいら・さだとも 1944年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、69年NHK入局。『連想ゲーム』『NHK 19時ニュース』『その時歴史が動いた』『NHKスペシャル』など数々の看板番組を担当。2007年12月に退局後は、早稲田大学大学院、立教大学大学院の客員教授も務める。
松平定知●まつだいら・さだとも 1944年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、69年NHK入局。『連想ゲーム』『NHK 19時ニュース』『その時歴史が動いた』『NHKスペシャル』など数々の看板番組を担当。2007年12月に退局後は、早稲田大学大学院、立教大学大学院の客員教授も務める。

「完成されたリーダーではなくて、その下にいてヒーローをヒーローたらしめる人物こそが実は奥深くて面白いと思います」

本書では、軍師として秀吉を天下人に押し上げた黒田官兵衛、上杉景勝に忠誠を尽くし直言によって難関を乗り越えた直江兼続、機智とアイデアで伊達政宗を窮地から救った片倉小十郎たちの生き方が、番組と同じようにわかりやすい語り口で綴られている。なかでも松平さんがこよなく愛するナンバー2が黒田官兵衛である。

「黒子に徹する見事な官房長官ぶりを示しながら、実はナンバー2に終わらず、あわよくば家康を倒して天下人を目指そうとしたところが私はひじょうに好きで、なかなか魅力あるオッサンです」

松平さんが好きなエピソードが、『黒田如水伝』など複数の書に残されている。関ケ原の合戦が長期化すると予想した官兵衛は、三成が敗れ、家康が疲れたところを叩き潰す目論見を描いていた。しかし、合戦はわずか半日で終わる。父官兵衛の目論見をつゆほども知らずに軍功をたてた息子長政の手を、家康は自ら握ってねぎらったという。それを聞いた官兵衛は、なぜもう片方の手で家康を殺してしまわなかったのかと悔しがった。

組織が成長するとともに、必要なナンバー2の条件も変化する。秀吉が信長の草履とりをしていた時代には、妻の於ねがナンバー2として秀吉を励まし、ともに働いた。その後出世街道をひた走る頃、黒田官兵衛と竹中半兵衛が軍師として秀吉を支えた。天下をとり為政者となった後には、検地や度量衡の統一を実行する三成の行政手腕が必要になった。〈これはビジネスの世界にも通じるのではないかと考えました。リーダーを支え、組織を効率よく動かす「ナンバー2」がいる企業は、不況下でも新たなるアイデアと戦略を駆使して生き残っています。「最強のナンバー2」がいるかどうかが、組織の強さにつながってきます〉

まえがきで松平さんがこう書くように、ナンバー2は不況に強い組織をつくる要ともなる。

『歴史を「本当に」動かした戦国武将』 松平定知著 小学館101新書 本体価格720円+税

番組をつくりながら、松平さんはいかに歴史嫌いが多いかを感じたという。年号と歴史事項を無機的に暗記することが歴史を知ることだと勘違いしている人が多い。そうではなくて、歴史の主人公は人間であり、一人の人が流す涙、汗、哀歓、愛憎が織り成す「人間ドラマ」を共感をもって味わってほしい。

歴史を知る意味は、未来を考えることにある。決して過去を知るために歴史を見るのではない。1929年には、世界が大恐慌に揺れたあと、不況や貧困を解決する方法を国内に見出せず、それが戦争へとつながっていく。

「いま目の前にある経済危機では、これからどうすれば悲劇が起きずにすむかを考える。それが歴史を知る意味です」

そう語る松平さんも、系図をたどると、実は家康の異父弟・久松定勝の流れを汲む家系の末裔である。歴史を熱く語る松平節を聞いているうちに、戦国時代を動かした武将の姿と重なった。

(大沢尚芳=撮影)