受賞しても「批判的な意見」は届くのか

ちょっと意地の悪い質問もしてみた。ノーベル賞受賞者として尊敬を集める山中の耳に、自身を批判する声が届きにくくなってはいないか、という点である。

たとえば、拒絶反応を起こしにくいタイプのドナーからつくったiPS細胞を備蓄しておく「iPSストック」は山中の肝いりのプロジェクトだが、批判もある。現状では、日本人の大半をカバーできるようにさまざまな遺伝子型のドナーからつくったiPS細胞をそろえようとしているが、拒絶反応を免疫抑制剤で抑える道もあり、再生医療の実用化に向けて本当に必要となるのかは不透明だからだ。

こうした意見は、耳に入っているのか。

「幸い僕が若いということがあって、いってもらっていますけどね。広瀬さんがいわれたような意見を、僕のいる場でも発言される方は多いです」

落ち着いた様子で山中は答えた。

未知の技術を普及させるには「大学が動く」のが重要

ストックプロジェクトは、産学連携を考える上で象徴的である。今後の再生医療が一般医療として普及したあかつきには、iPS細胞研究所で備蓄していたiPS細胞を企業が用いる可能性があるからだ。

「プロジェクトをやってみてはじめてわかりましたが、大変です。さまざまなタイプの遺伝子型がある日本人の9割をカバーするには、拒絶反応を起こしにくい遺伝子型のドナーが150タイプ必要となるのですが、なかなか思った通りに集まりません。このままではだめなんです。しかしゲノム編集という遺伝子を改変する技術がこの2年くらいで急速に進んでいます。iPS細胞にゲノム編集を施しますと、約10タイプの遺伝子型のドナーをそろえたら日本人どころか世界の大多数に対応することができるんですね。10種類くらいだったら5年くらいでなんとかできるのではないかな」

iPS細胞をつかった再生医療のように、未知の技術を普及させるときには、企業だけに任せず大学が積極的に動くことが重要となる。

「私がノーベル賞を受けたときには、『クリスパー・キャス9』という現在注目されているゲノム編集の技術なんて影も形もなかった。私たちの世界は数年後になにが起こるかわからない。現状の技術だけで、研究の方向性を判断してはいけない。投資や株価を考慮しなければならない企業は長期的なプロジェクトを抱えにくいかもしれませんけれど、失敗を恐れずにやるのは、大学の使命ですよね。ある意味そういう自由を、税金や一般の方からの寄付で担保されている。大学までが目先のことしかできなくなってしまうと、もうブレークスルーは生まれない」