読書の最大の効用、事後性の克服
もう1つ重要な教養の意義があります。それは「事後性の克服」です。時間は過去から未来へ流れ、逆流はしません。つまり、経験していない将来のことはわかりようがなく、そうした事後性をいかに克服するかが問題になります。当然のことながら経営者は、未来に向けて仕事をしなければなりません。しかし、未来は誰にもわかりません。では、どうしたらいいのでしょう。
私は読書の最大の効用の1つが、この事後性の克服だと考えています。歴史書や大きな成果をあげた人々の評伝・回想録に記述された内容を手がかりにすれば、今後起こるかもしれない可能性をある程度予測し、その準備ができます。
そうした歴史への造詣が深い経営者としては、米国マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏が挙げられるでしょう。たとえば、95年当時に次のように述べています。
「グーテンベルク以前には、ヨーロッパ大陸全体で約3万冊の書物しか存在せず、そのほとんどが聖書もしくは聖書の注釈書だった。しかし1500年の時点では、書物の総計は900万冊を超え、ありとあらゆるテーマが網羅された」
ゲイツ氏は、現在のITによる「情報ハイウェイ」が、「グーテンベルクの印刷機が中世を変えたのとおなじくらい劇的な変化をわたしたちの文化にもたらすことになるだろう」と、現在の状況をすでに予見していたかのような見解も述べています。
米国アップルの創業者の1人であったスティーブ・ジョブズ氏も、事後性の克服について深く考えていた経営者でした。同氏が2005年に米国スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチから、そのことがうかがえます。
「将来を見据えながら点と点を結ぶということなど、皆さんにはできません。できるのは、振り返りながら点と点を結ぶということだけです。ですから、皆さんは、点と点が将来何らかの形でつながると信じるしかないのです」
ジョブズ氏のこの名言は、「一つひとつのアクションをつなげることが重要だ」と解釈されがちですが、「文明がどんなに進んでも、時間の流れる方向を変えることはできず、将来のことはわからない」といった事後性について述べているのだと考えています。そして着目すべきなのは、その事後性の克服のポイントとして、「将来を信じるしかない」と指摘していることです。
しかし、信じ続けるには、ある種の我慢が必要です。そのときの唯一の拠り所が「好きなこと」だと私は思います。ジョブズ氏も先のスピーチの後に「自分は何が好きなのかを知る必要があります」と指摘したうえで、「真の満足を得るための唯一の方法は、素晴らしい仕事だと自分が信じることをやることです。そして、素晴らしい仕事ができるための唯一の方法は、自分の仕事を愛することです」と助言します。