たとえば、タイヤの口径を発売当時としては格段に大きい17インチにして、機動的に動けるようにしました。また、両手で操作するのが当たり前だった二輪車のクラッチを、片手でも操作できるように改良し、新聞配達などの作業が楽になるよう工夫しました。「モビリティーは自由で、人間の動きに自然に調和しなければならない」という本田氏のポリシーが、製品のすみずみにまで反映されているのです。同氏は、こんなコメントを残しています。
「変転きわまりない時代にあって、根本的に変わらないものが1つある。それは何かというと、飛躍した言い方になるが、思想であり、その根っこの哲学である」
本田氏の教養に裏打ちされた独自の価値基準、「人間の動きに自然に調和=使いやすさ」へのこだわりといった「哲学」があったからこそ、スーパーカブという製品が誕生したのです。
教養によって、人間の本性を見抜く
次に、経営者にとって「人心の掌握」のために教養がなぜ必要なのかを見てみます。一言でいうと、それは「人間の本質を掴むため」だと考えています。
人間は二律背反の行動を取る、矛盾した生き物です。モラルの規範となるべき教員や司法官でも、ときとして犯罪といった背徳行為を犯してしまうことがあるのは、彼らも人間だからです。そうした多面的な人間についての深い理解がなければ、部下の考え方や感情がわからず、組織を動かせません。
人間を見抜く洞察力に優れていた経営者の代表が、松下電器産業(現・パナソニック)の創業者である松下幸之助氏です。松下氏も高等教育は受けていません。しかし、自己陶冶によって教養を積み、人間を深く理解できるようになったのです。松下氏が残した名言には、そうした教養が溢れています。
「素直な心というのは、何か1つのものにとらわれたり、一方に片寄ったりしない心である。私心なく、ものごとをありのままに見る心である」
なにも「偏見を持たないようにしよう」といっているのではありません。素直な心になれば、物事の真実の姿、すなわち「実相」が見えてくると主張しているのです。松下氏は教養によって、人間の本性を見極める心眼を養ったのだと思います。その証左として、松下電器産業は、事業部制や分社化をいち早く取り入れて成功しました。その背景には「人間は仕事を任されるとやる気が出る」という、松下氏が見抜いた人間の本性がありました。